・・・世の男女或は此賭易き道理を知らずして、結婚は唯快楽の一方のみと思い却て苦労の之に伴うを忘れて、是に於てか男子が老妻を捨てゝ妾を飼い、婦人が家の貧苦を厭うて夫を置去りにするなどの怪事あり。畢竟結婚の契約を重んぜざる人非人にこそあれ。慎しむ可き・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
……ある牛飼いがものがたる第一日曜 オツベルときたら大したもんだ。稲扱器械の六台も据えつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。 十六人の百姓どもが、顔をまるっきりまっ赤にし・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ それから一月ばかりたって、森じゅうの栗の木に網がかかってしまいますと、てぐす飼いの男は、こんどは粟のようなものがいっぱいついた板きれを、どの木にも五六枚ずつつるさせました。そのうちに木は芽を出して森はまっ青になりました。すると、木につ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・わたくしはそこの馬を置く場所に板で小さなしきいをつけて一疋の山羊を飼いました。毎朝その乳をしぼってつめたいパンをひたしてたべ、それから黒い革のかばんへすこしの書類や雑誌を入れ、靴もきれいにみがき、並木のポプラの影法師を大股にわたって市の役所・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ まっ赤な地へ白で大きな模様の出て居る縮緬の布は細い絹針の光る毎に一針一針と縫い合わせられて行くのを、飼い猫のあごの下を無意識にこすりながら仙二は見て居た。 自分の居るのをまるで知らない様に落ついた眼つきで話したい事を話して居る娘の・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・自分の厩で飼い馴れた馬にとびのり「白」に向って突撃した農民の集団であった。南露に分散していた「赤のパルチザン」は、ブジョンヌイの第一騎兵隊の噂をきき、猟銃をかつぎ黒パンを入れた袋をかついで次から次へと集って来た。 広大なソヴェト同盟内の・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・そして、「あら、真個にお飼いになるの」と云う間もなく、可愛い二羽のべに雀と、金華鳥、じゅうしまつなどを、持ち運びの出来る小籠で、大切そうに運び込んだのである。 私は悦び、額をつけて中を覗いた。子供の時、弟が、カナリアと鶏、鳩など・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・育児院で育てられて、十三歳からノロオニュの農家の雇娘で羊飼いをした。巴里へ出てからは十九歳の裁縫女として十二時間労働をし、そのひどい生活からやがて眼を悪くして後、彼女は自家で生計のための仕立ものをしながらその屋根裏の小部屋の抽斗の中にかくし・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・「そこで彼女は一匹の小犬を飼い、幾株かの花を植え」「春の日は花の下に坐し、冬は煖炉にうずくまって、心情は池水のように、静かに、小さく、絶望的で、一生はこうして終ってしまうのだと、自ら悟った様子でした」 そこへ思いもかけず、学者の孤児とな・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 其の二年程前から――前に孝ちゃんの家が裏に居た頃――一番上の弟が鶏を飼い始めて、春に二度目の雛を八羽ほど孵させた。 初めての時の結果が大変悪かった上に、今度のが予想外によかったので、無邪気な飼主は宇頂天になって、何の餌をやるといい・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫