・・・――その唐物屋の飾り窓には、麦藁帽や籐の杖が奇抜な組合せを見せた間に、もう派手な海水着が人間のように突立っていた。 洋一は唐物屋の前まで来ると、飾り窓を後に佇みながら、大通りを通る人や車に、苛立たしい視線を配り始めた。が、しばらくそうし・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 僕等はいつか教文館の飾り窓の前へ通りかかった。半ば硝子に雪のつもった、電燈の明るい飾り窓の中にはタンクや毒瓦斯の写真版を始め、戦争ものが何冊も並んでいた。僕等は腕を組んだまま、ちょっとこの飾り窓の前に立ち止まった。「Above t・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・横町の角の飾り窓にはオルガンが一台据えてあった。オルガンは内部の見えるように側面の板だけはずしてあり、そのまた内部には青竹の筒が何本も竪に並んでいた。僕はこれを見た時にも、「なるほど、竹筒でも好いはずだ」と思った。それから――いつか僕の家の・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・塵埃りにまみれた飾り窓と広告の剥げた電柱と、――市と云う名前はついていても、都会らしい色彩はどこにも見えない。殊に大きいギャントリイ・クレエンの瓦屋根の空に横わっていたり、そのまた空に黒い煙や白い蒸気の立っていたりするのは戦慄に価する凄じさ・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・同時に又我々の信念も三越の飾り窓と選ぶところはない。我々の信念を支配するものは常に捉え難い流行である。或は神意に似た好悪である。実際又西施や竜陽君の祖先もやはり猿だったと考えることは多少の満足を与えないでもない。 自由意志と宿命・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 僕は往来を歩きながら、いろいろの飾り窓を覗いて行った。或額縁屋の飾り窓はベエトオヴェンの肖像画を掲げていた。それは髪を逆立てた天才そのものらしい肖像画だった。僕はこのベエトオヴェンを滑稽に感ぜずにはいられなかった。…… そのうちに・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・夕方あいつは家を出て、何時何処で、誰から聞いて知っていたのか、お前のこの下宿へ真直にやって来て、おかみと何やら話していたが、やがて出て来て、こんどは下町へ出かけ、ある店の飾り窓の前に、ひたと吸いついて動かなんだ。その飾り窓には、野鴨の剥製や・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ふと或る店の飾り窓に、銀の十字架の在るのを見つけて、その店へはいり、銀の十字架ではなく、店の棚の青銅の指輪を一箇、買い求めた。その夜、私のふところには、雑誌社からもらったばかりのお金が少しあったのである。その青銅の指輪には、黄色い石で水仙の・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・ポリー母子がミリナーの店の前で飾り窓の中のマヌカンを見ている。そこへ近づくメッサーの姿が窓ガラスに映ってだんだん大きくなるのが印象的な迫力をもっている。「烏賊」ホテルの酒場のガラス窓越しに、話す男女の口の動きだけを見せるところは、「パリの屋・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫