・・・おぎんは両親を失った後、じょあん孫七の養女になった。孫七の妻、じょあんなおすみも、やはり心の優しい人である。おぎんはこの夫婦と一しょに、牛を追ったり麦を刈ったり、幸福にその日を送っていた。勿論そう云う暮しの中にも、村人の目に立たない限りは、・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・が、その父親が歿くなって間もなく、お敏には幼馴染で母親には姪に当る、ある病身な身なし児の娘が、お島婆さんの養女になったので、自然お敏の家とあの婆の家との間にも、親類らしい往来が始まったのです。けれどもそれさえほんの一二年で、お敏は母親に死な・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ ――お妻とお民と京千代と、いずれも養女で、小浜屋の芸妓三人の上に、おおあねえ、すなわち、主婦を、お来といった――これに、伊作という弟がある。うまれからの廓ものといえども、見識があって、役者の下端だの、幇間の真似はしない。書画をたしなみ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・先夫人は養家の家附娘だともいうし養女だともいうが、ドチラにしても若い沼南が島田家に寄食していた時、懐われて縁組した恋婿であったそうだ。沼南が大隈参議と進退を侶にし、今の次官よりも重く見られた文部権大書記官の栄位を弊履の如く一蹴して野に下り、・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 間もなく登勢はお良という娘を養女にした。樽崎という京の町医者の娘だったが、樽崎の死後路頭に迷っていたのを世話をした人に連れられて風呂敷包みに五合の米入れてやった時、年はときけば、はい十二どすと答えた声がびっくりするほど美しかった。・・・ 織田作之助 「螢」
・・・彼女の家を立てるべき弟は日露戦争で戦死したために彼女はほんとうの一人ぽっちであったので、他家に嫁した姉の女の子を養女にしてその世話をしているという事であった。 母の存命中は時々手紙をよこしていたが、母の没後は自然と疎遠になっていたので今・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・赤ん坊に乳をのませる間、母さんが二人を置いては眠り不足で怖しいことになるから、その間は少くとも泰子は私の養女でしょう。ものも言えず、たてもせず、それでも優しさはわかって、この頃は人恋しがり、皆の声の聞えるところでないと淋しがったりするのは全・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・妹の長女である私は小さいとき、謙吉さんから養女にもらわれかかったことがあったという話も、いつか夫人につたわって、その指環をいただくことにもなったと思われる。七つ位の時、父から貰ったオパールの三つついた指環と、この指環と、二つが、きょう私のも・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・ とさげすまれまい努力 一、高貴な人というものに対する原始的な崇敬 一、熱情的愛ウタリー ○八重の経歴一、八重の父 七つ位で死ぬ一、母の姉のところに養女にやられたが、和人の夫とけんかをして出て来る。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ マリーナは朝から、養女のアーニャが麻布の夫の家から使に来るのを待っているのであった。「私に充分正当の理由のある衝突でこうやっているのに、顧客まで失くしちゃいられないわ、ねえ」 彼女は、自分のところへ来た注文はどんな小さいもので・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫