・・・おげんが娘や甥を連れてそこへ来たのは自分の養生のためとは言え、普通の患者が病室に泊まったようにも自分を思っていなかったというのは、一つはおげんの亡くなった旦那がまだ達者でさかりの頃に少年の蜂谷を引取って、書生として世話したという縁故があった・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・細君も心配して、も一度芝公園の家を借りて、それには友達ながらも種々心配して呉た人があって、其処で養生した。丁度彼れ是れ半年近くも、あの公園の家で暮したろうか。もう余程違った頭脳の具合だったから、なるべく人にも会わなかったし、細君も亦客なぞ断・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・静かに御養生なされ候ようお祈り申しあげ候。おものも申さで立ち候こと本意なき限りに存じまいらせ候。なにとぞお許しくだされたく候。 これは足を洗いながら自分が胸の中で書いた手紙である。そして実際にこんな手紙が残してあるかもしれないと思う・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・私はその翌る日、信州の温泉地に向って旅立ったが、先生はひとり天保館に居残り、傷養生のため三週間ほど湯治をなさった。持参の金子は、ほとんどその湯治代になってしまった模様であった。 以上は、先生の山椒魚事件の顛末であるが、こんなばかばかしい・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・重ねて申しあげ候が、私とて、きらいのお方には、かれこれうるさく申し上げませぬ、このことお含みの上、御養生、御自愛、まことに願上候。」 昭和十一年の初夏に、私のはじめての創作集が出版せられて、友人たちは私のためにその祝賀会を、上野の精養軒・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・あせらず御養生専一にねがいます。来春は東京の実家へかえって初日を拝むつもりです。その折、お逢いできればと、いささか、たのしみにして居ります。良薬の苦味、おゆるし下さい。おそらくは貴方を理解できる唯一人の四十男、無二の小市民、高橋九拝。太宰治・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・呑気にあせらずよく養生したためか、あの後はからだが却って前よりは良くなった。そして医者や友達の勧めるがまま運動を始めた。テニスもやった、自転車も稽古した。食物でも肉類などはあまり好きでなかったのが運動をやり出してから、なんでも好きになり、酒・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・弓術も好きであって、これは晩年にも養生のための唯一の運動として続けていたようである。昔は将棋を試みた事もあり、また筆者などと一緒に昔の本郷座で川上、高田一座の芝居を見たこともありはしたが、中年以後から、あらゆる娯楽道楽を放棄して専心ただ学問・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・「しょうべえに描くのですか、娯楽のために描くのですか。」「養生のためにやっています。」「肖像などは、あれはずいぶんかかるものでしょうね。」「さあ。一時間でも二十日でも、切りはありますまいね。」「小さいのよりも、やっぱり大・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・「君、会社の中で養生していた方がいいぜ、争議団本部と、くっつき合っている君のうちなんか、まったく物騒だよ」 仲間にも、しきりと止められた利平であったが、剛情な彼は肯かなかった。たかが多勢を恃んで、時のハズみでする暴行だ。命をとられる・・・ 徳永直 「眼」
出典:青空文庫