・・・「私の主人は香港の日本領事だ。御嬢さんの名は妙子さんとおっしゃる。私は遠藤という書生だが――どうだね? その御嬢さんはどこにいらっしゃる」 遠藤はこう言いながら、上衣の隠しに手を入れると、一挺のピストルを引き出しました。「この近・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・マレー半島に奇襲上陸、香港攻撃、宣戦の大詔、園子を抱きながら、涙が出て困った。家へ入って、お仕事最中の主人に、いま聞いて来たニュウスをみんなお伝えする。主人は全部、聞きとってから、「そうか。」 と言って笑った。それから、立ち上って、・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ 海から近づいて行く函館の山腹の街の灯は、神戸よりもむしろ香港の夜を想わせる。それがそぼふる秋雨ににじんで、更にしっとりとした情趣を帯びていた。 翌朝港内をこめていた霧が上がると秋晴れの日がじりじりと照りつけた。電車で街を縦走して、・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・明治三年頃印刷されたもので香港の宣教師でも作ったのであろう。“A circle of knowledge, in 200 lessons”と云うのを、漢文訳つきで編輯したものだ。題目を見ると、一層面白い。 上半頁に Lesson 1. ・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・ 停車場前の広場から大通りに出ると、電車の軌道が幌から見える。香港、上海航路廻漕業の招牌が見える。橋を渡る。その間に、電車が一台すれ違って通った。人通りの稀な街路の、右手は波止場の海水がたぷたぷよせている低い石垣、左側には、鉄柵と植込み・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫