・・・が、時々往来のものの話などで、あの建札へこの頃は香花が手向けてあると云う噂を聞く事でもございますと、やはり気味の悪い一方では、一かど大手柄でも建てたような嬉しい気が致すのでございます。「その内に追い追い日数が経って、とうとう竜の天上する・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・普通は、本堂に、香華の花と、香の匂と明滅する処に、章魚胡坐で構えていて、おどかして言えば、海坊主の坐禅のごとし。……辻の地蔵尊の涎掛をはぎ合わせたような蒲団が敷いてある。ところを、大木魚の下に、ヒヤリと目に涼しい、薄色の、一目見て紛う方なき・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・七左 はあ、香花、お茶湯、御殊勝でえす。達者でござったらばなあ。村越 七左 おふくろどの、主がような後生の好人は、可厭でも極楽。……百味の飲食。蓮の台に居すくまっては、ここにもたれて可うない。ちと、腹ごなしに娑婆へ出て来て、嫁御・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・民子のためには真に千僧の供養にまさるあなたの香花、どうぞ政夫さん、よオくお参りをして下さい……今日は民子も定めて草葉の蔭で嬉しかろう……なあ此人にせめて一度でも、目をねむらない民子に……まアせめて一度でも逢わせてやりたかった……」 三人・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・お熊は泣々箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅を遣ッては、七日七日の香華を手向けさせた。 箕輪の無縁寺は日本堤の尽きようとする処から、右手に降りて、畠道を行く事一、二町の処にあった浄閑寺をいうのである。明治三十一、二年の頃、わたくしが掃・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・お熊は泣く泣く箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅をやっては、七月七日の香華を手向けさせた。 広津柳浪 「今戸心中」
・・・この間るんは給料の中から松泉寺へ金を納めて、美濃部家の墓に香華を絶やさなかった。 隠居を許された時、るんは一旦笠原方へ引き取ったが、間もなく故郷の安房へ帰った。当時の朝夷郡真門村で、今の安房郡江見村である。 その翌年の文化六年に、越・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫