・・・あなたの、菊の花の絵は、いよいよ心境が澄み、高潔な愛情が馥郁と匂っているとか、お客様たちから、お噂を承りました。どうして、そういう事になるのでしょう。私は、不思議でたまりません。ことしのお正月には、あなたは、あなたの画の最も熱心な支持者だと・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・その俤には、稚いこころに印された、ふくよかに美しい二枚重ねの襟元と、小さい羽虫を誘いよせていた日向の白藤の、ゆたかに長い花房とが馥郁として添うているのである。 孝子夫人と母と、この二人の女いとこは、溌溂とした明治の空気のなかから生れ出て・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・二人の争いは、トルコの香料の匂いを馥郁と撒き散らしながら、寝台の方へ近づいて行った。緞帳が閉められた。ペルシャの鹿の模様は暫く緞帳の襞の上で、中から突き上げられる度毎に脹れ上って揺れていた。「陛下、お気をお鎮めなさりませ。私はジョセフィ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫