・・・「徳勝門外の馬市の馬です。今しがた死んだばかりですから。」「じゃその馬の脚をつけよう。馬の脚でもないよりは好い。ちょっと脚だけ持って来給え。」 二十前後の支那人は大机の前を離れると、すうっとどこかへ出て行ってしまった。半三郎は三・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 一刻の暇もない農繁の真最中に馬市が市街地に立った。普段ならば人々は見向きもしないのだが、畑作をなげてしまった農夫らは、捨鉢な気分になって、馬の売買にでも多少の儲を見ようとしたから、前景気は思いの外強かった。当日には近村からさえ見物が来・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その立派な、できた牧師でさえ、一日、馬市に自分の老いた愛馬を売りに行って、馬をいろいろな歩調で歩かせて商人たちに見せているうちに、商人たちから、くそみそに愛馬をけなされ、その数々の酷評に接しては、「私自身も、ついには、このあわれな動物に対し・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・永遠に、怠惰に、眠たげに北方の馬市場を夢の中で漂泊いながら。 原田重吉が、ふいに夢の中へ跳び込んで来た。それで彼らのヴィジョンが破れ、悠々たる無限の時間が、非東洋的な現実意識で、俗悪にも不調和に破れてしまった。支那人は馳け廻った。鉄砲や・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ またある時、須利耶さまは童子をつれて、馬市の中を通られましたら、一疋の仔馬が乳を呑んでおったと申します。黒い粗布を着た馬商人が来て、仔馬を引きはなしもう一疋の仔馬に結びつけ、そして黙ってそれを引いて行こうと致しまする。母親の馬はびっく・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ローザ・ボヌールの「馬市」の絵だの、「出あい」という作品を残して二十四歳の生涯を終ったマリア・バシュキルツェフ。灰色と薄桃色と黒との諧調で独特に粋な感覚の世界をつくったマリー・ローランサン。しかし、ケーテ・コルヴィッツの存在はドイツの誇りで・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
出典:青空文庫