・・・ いつのまにか私たちの家の狭い庭には、薔薇が最初の黄色い蕾をつけた。馬酔木もさかんな香気を放つようになった。この花が庭に咲くようになってから、私の部屋の障子の外へは毎日のように蜂が訪れて来た。 あかるい光線が部屋の畳の上までさし・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・客間の庭には松や梅、美しい馬酔木、榧、木賊など茂って、飛石のところには羊歯が生えていた。子供の遊ぶ部屋の前には大きい半分埋まった石、その石をかくすように穂を出した薄、よく鉄砲虫退治に泥をこねたような薬をつけられていた沢山の楓、幾本もの椿、ま・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・然し、足にまかせ、あの暢やかなスロープと、楠の大樹と、多分馬酔木というのだろう、白い、房々した、振ったら珊々と変に鳴りそうな鈴形小花をつけた矮樹の繁みとで独特な美に満ちている公園を飽かず歩き廻った。三月末から四月五六日頃にかけての奈良の自然・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
出典:青空文庫