・・・仁右衛門は川森の言葉を聞きながら帳場の姿を見守っていたが、やがてそれが佐藤の小屋に消えると、突然馬鹿らしいほど深い嫉妬が頭を襲って来た。彼れはかっと喉をからして痰を地べたにいやというほどはきつけた。 夫婦きりになると二人はまた別々になっ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ル曰く妾宅別荘、さもなければ徒に名利の念に耽って居る輩金さえあれば誰にも出来る下劣な娯楽、これを事とする連中に茶の湯の一分たりと解るべき筈がない、茶の湯などの面白味が少しでも解る位ならば、そんな下等な馬鹿らしい遊びが出来るものでない、故・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・そして、十三年も勤続している彼の身の上にもやがてこういうことがやって来るのではないかと、一寸馬鹿らしい気がした。が、この場合、与助をたゝき出すのが、主人に重く使われている自分の役目だと思った。そして、与助の願いに取り合わなかった。 与助・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・又徴兵に取られて馬鹿らしいが、仕様がない位いにしか思っていない人々もあるだろう。 自分たちが、誰れのために使われているか? そして、その中へ這入って何をしなければならないか? それを知っている青年達は中隊の班内で寝台を並べてねる同年兵た・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・「丈夫でいるのこそ、クソ馬鹿らしい!」 負傷者の傷には、各々、戦闘の片影が残されていた。森をくゞりぬけて奥へパルチザンを追っかけたことがある。列車を顛覆され、おまけに、パルチザンの襲撃を受けて、あわくって逃げだしたこともある。傷は、武器・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・おれが思っていた女があったが、ハハハハ、どうもちッと馬鹿らしいようで真面目では話せないが。」と主人は一口飲んで、「まあいいわ。これもマア、酒に酔ったこの場だけの坐興で、半分位も虚言を交ぜて談すことだと思って聞いていてくれ。ハハハハハ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・「オヤ、おハムキかエ、馬鹿らしい。「そうじゃあ無えが忘れねえと云うんだい、こう煎じつめた揚句に汝の身の皮を飲んでるのだもの。「弱いことをお云いだねエ、がらに無いヨ。「だってこうなってからというものア運とは云いながら為ることも・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ゆうべ学校から疲れて帰り、さあ、けさ冷しておいたミルクでも飲みましょう、と汗ばんだ上衣を脱いで卓のうえに置いた、そのとき、あの無智な馬鹿らしい手紙が、その卓のうえに白くひっそり載っているのを見つけたのだ。私の室に無断で入って来たのに違いない・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・本当に馬鹿らしい。主人は、いつでも、こんな、どうだっていいような事を、まじめにお客さまと話合っているのです。センチメントのあるおかたは、ちがったものだ。私の主人は、小説を書いて生活しているのです。なまけてばかりいるので収入も心細く、その日暮・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・俗に、三角だの四角だのいう馬鹿らしい形容の恋の状態をも考慮にいれて、そのように記したのである。江戸の小咄にある、あの、「誰でもよい」と乳母に打ち明ける恋いわずらいの令嬢も、この数個のほうの部類にいれて差し支えなかろう。 太宰もイヤにげび・・・ 太宰治 「チャンス」
出典:青空文庫