・・・政元はそれらの上に念を馳せるでもない、ただもう行法が楽しいのである。碁を打つ者は五目勝った十目勝ったというその時の心持を楽んで勝とうと思って打つには相違ないが、彼一石我一石を下すその一石一石の間を楽む、イヤそのただ一石を下すその一石を下すの・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・そして、この事はともかくも、今度の震災が動機となって起ったであろうと思われる、ありとあらゆる事件や葛藤、それらの犠牲となったさまざまな人達の事を、空想の馳せる限りに思いめぐらしてみた。・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・シャロットを馳せる時何事とは知らず、岩の凹みの秋の水を浴びたる心地して、かりの宿りを求め得たる今に至るまで、頬の蒼きが特更の如くに目に立つ。 エレーンは父の後ろに小さき身を隠して、このアストラットに、如何なる風の誘いてか、かく凛々しき壮・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・戦争によって人生を変えられてしまった多くの女性の眠られない夜々には、せめて本当のことでもわかったら、と愛するものを死なせた南の海、北の山へ馳せる思いがある。 戦争にかりだされ、日本の帝国主義による戦争の実体に疑問を抱きながら、よぎなく侵・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
出典:青空文庫