・・・「計略は駄目だったわ。つい私が眠ってしまったものだから、――堪忍して頂戴よ」「計略が露顕したのは、あなたのせいじゃありませんよ。あなたは私と約束した通り、アグニの神の憑った真似をやり了せたじゃありませんか?――そんなことはどうでも好・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・Mは後から大声をあげて、「そんなにそっちへ行くと駄目だよ、波がくだけると捲きこまれるよ。今の中に波を越す方がいいよ」 といいました。そういわれればそうです。私と妹とは立止って仕方なく波の来るのを待っていました。高い波が屏風を立てつら・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・東京から来て大尽のお邸に、褄を引摺っていたんだから駄目だ、意気地はねえや。」 女房は手拭を掻い取ったが、目ぶちのあたりほんのりと、逆上せた耳にもつれかかる、おくれ毛を撫でながら、「厭な児だよ、また裾を、裾をッて、お引摺りのようで人聞・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・る、品位ある娯楽を茶の湯に限ると云うのではない、音楽美術勿論よい、盆栽園芸大によい、歌俳文章大によい、碁でも将棋でもよい、修養を持って始めて味い得べき芸術ならば何でもよい、只其名目を弄んで精神を味ねば駄目と云う迄である、予が殊に茶の湯を挙た・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・三日に揚げずに来るのに毎次でも下宿の不味いものでもあるまいと、何処かへ食べに行かないかと誘うと、鳥は浜町の筑紫でなけりゃア喰えんの、天麩羅は横山町の丸新でなけりゃア駄目だのと、ツイ近所で間に合わすという事が出来なかった。家の惣菜なら不味くて・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・、長男は、来年小学校を出るのですが、図画、唱歌、手工、こうしたものは自からも好み、天分も、その方にはあるのですが、何にしても、数学、地理、歴史というような、与えられたる事実を記憶したりする学課はてんで駄目で、いまから中学へはいられるか気遣か・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・「隠したって駄目よ。どこの芸者?」「芸者だ? 馬鹿言え! よその立派な上さんだ」「とか何とかおっしゃいますね。白粉っけなしの、わざと櫛巻か何かで堅気らしく見せたって、商売人はどこかこう意気だからたまらないわね。どこの芸者? 隠さ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・雨戸は何枚か続いていて、端の方から順おくりに繰っていかねば駄目だと、判った。そのためには隣りの部屋の前に立つ必要がある。私はしばらく躊躇ったが、背に腹は代えられぬと、大股で廊下を伝った。そして、がたがたやっていると、腕を使いすぎたので、はげ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「何と云って君はジタバタしたって、所詮君という人はこの魔法使いの婆さん見たいなものに見込まれて了っているんだからね、幾ら逃げ廻ったって、そりゃ駄目なことさ、それよりも穏なしく婆さんの手下になって働くんだね。それに通力を抜かれて了った悪魔・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・これは余程思切った事で、若し医師が駄目と言われたら何としようと躊躇しましたが、それでも聞いておく必要は大いにあると思って、決心して診察室へはいりました。医師の言われるには、まだ足に浮腫が来ていないようだから大丈夫だが、若し浮腫がくればもう永・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫