・・・人類の誇りである智慧さえ、玲瓏無垢な幸福をつくるために役立てられるというより、死力をつくして黒煙を噴き出し火熱をやきつかせるために駆使されているようではないか。 目前の凄じい有様にきもをひやされて、人々はこれらの現実の中に幸福はないと結・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・ 今日の最新技術を駆使して高度に合理化されている重工業工場の生活が、そこで働いている優秀な勤労者たちの精神と肉体とに求めているテムポとリズムとは、どういうものであろうか。現代の科学の能力を最大限に発揮して刻々に活動している機械の速力、能・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ 私は、自分の同胞が、余り惨めな法律的存在であるのを悲しく思うとともに又こちらの多くの女性が、自分等の善用すべき権利に却って駆使されるのをも見るに堪えない心持が致します。 日本にもやかましく云われる、法律的な離婚問題、離婚と云う事は・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ こうして見ると、作家は時代が苦しいとき、あながち文才を駆使して、現実整理の手腕を振うことを求められているものでもないことが、改めて思われる。然しそのことは、小説らしくない小説を書いて見せるという極く所謂小説家らしい方法、の肯定となるの・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・――まして代議士のやりあいではなく、文学について語る場合、平野氏が、軌道性なんとは変だ、おかしいと云いながら、評論家としての心の働きを、強引なその変さの活用に駆使して、わたしという生きているものの体の上に、あれだけ縦横な軌道を敷いたことは、・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
・・・町人に生まれ、折から興隆期にある町人文化の代表者として、西鶴は談林派の自在性、その芸術感想の日常性を懐疑なく駆使して、当時の世相万端、投機、分散、夜逃げ、金銭ずくの縁組みから月ぎめの妾の境遇に到るまでを、写実的な俳諧で風俗描写している。住吉・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・ 彼女たちは、その家政科の学識を駆使して、まず一定の生産的な社会的な勤労に従う男女はどれだけの食餌、どれだけの休養、どれだけの文化衛生費を必要とするか、客観的な標準を立てて、さておのおのの収入総額によってどれだけの不足がどの部分に生じて・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
・・・また色彩の上から言っても、油絵の具は色調や濃淡の変化をきわめて複雑に自由に駆使し得るが、日本絵の具は混濁を脱れるためにある程度の単純化を強要せられているらしく思われる。――これらの性質は直ちにまた画布の性質に反映して、その特質を一層強めて行・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・我々はむしろ姙まれたものに駆使されその要求する所に無条件に服従するほかないのである。 特に芸術のごとき複雑困難な表現手段を必然的に必要とする内生は、非常に高められたものであるとともにまたきわめて繊細なものである。その表現に際して虚偽を絶・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
・・・は先生を駆使して常人以上に「生かせ」働かせた。ことに生死に対する無頓着はかえってこの創作家を強健ならしめたように見える。『明暗』を書いていた先生はある時「毎日すべったのころんだのとクダラない事を書いているのは、実際やり切れないね」と言った。・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫