・・・何しろ夕霧と云い、浮橋と云い、島原や撞木町の名高い太夫たちでも、内蔵助と云えば、下にも置かぬように扱うと云う騒ぎでございましたから。」 内蔵助は、こう云う十内の話を、殆ど侮蔑されたような心もちで、苦々しく聞いていた。と同時にまた、昔の放・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・「こっちは、それ所の騒ぎではないのでございますが、何しろ逃げようと云う巧みをけどられなどしては大変だと思ったので、しぶしぶ皮匣の上に肘をつきながら心にもない世間話をはじめました。どうも話の容子では、この婆さんが、今まであの男の炊女か何か・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・そのまわりには必ず二、三人の子供が騒ぎもしないできょとんと火を見つめながら車座にうずくまっていた。そういう小屋が、草を積み重ねたように離れ離れにわびしく立っていた。 農場の事務所に達するには、およそ一丁ほどの嶮しい赤土の坂を登らなければ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 主人は大胡座で、落着澄まし、「吝なことをお言いなさんな、お民さん、阿母は行火だというのに、押入には葛籠へ入って、まだ蚊帳があるという騒ぎだ。」「何のそれが騒ぎなことがあるもんですか。またいつかのように、夏中蚊帳が無くっては、そ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・世間は恐怖の色調をおびた騒ぎをもって満たされた。平生聞ゆるところの都会的音響はほとんど耳に入らないで、うかとしていれば聞き取ることのできない、物の底深くに、力強い騒ぎを聞くような、人を不安に引き入れねばやまないような、深酷な騒ぎがそこら一帯・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・それには、青木と田島とが、失望の恨みから、事件を誇張したり、捏造したりしたのだろう、僕が機敏に逃げたのなら、僕を呼び寄せた坊主をなぐれという騒ぎになった。僕の妻も危険であったのだが、はじめは何も知らなかったらしい。吉弥を案内として、方々を見・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・丁度大学病院の外来患者の診察札を争うような騒ぎであったそうだ。 淡島屋の軽焼の袋の裏には次の報条が摺込んであった。余り名文ではないが、淡島軽焼の売れた所以がほぼ解るから、当時の広告文の見本かたがた全文を掲げる。私店けし入軽焼の義・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と、陸では、みんなが騒ぎはじめました。 赤い姫君と黒い皇子の結婚の日のことであります。皇子は、待てども待てども、姫君が見えないので、腹をたてて、ひとつには心配をして、幾人かの勇士を従えて、自らシルクハットをかぶり、燕尾服を着て、黒塗りの・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・ ところが、その年の冬、詳しくいうと十一月の十日に御即位の御大礼が挙げられて、大阪の町々は夜ごと四ツ竹を持った踊りの群がくりだすという騒ぎ、町の景気も浮ついていたので、こんな日は夜店出しの書入れ時だと季節はずれの扇子に代った昭和四年度の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・妻の方でも、妻も長女も、ことに二女はこのごろやはり結核性の腹膜とかで入院騒ぎなどしていて、来る手紙も来る手紙もいいことはなかった。寺の裏の山の椎の樹へ来る烏の啼き声にも私は朝夕不安な胸騒ぎを感じた。夏以来やもめ暮しの老いた父の消息も気がかり・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫