・・・が、相手は編笠をかぶったまま、騒ぐ気色もなく左近を見て、「うろたえ者め。人違いをするな。」と叱りつけた。左近は思わず躊躇した。その途端に侍の手が刀の柄前にかかったと思うと、重ね厚の大刀が大袈裟に左近を斬り倒した。左近は尻居に倒れながら、目深・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「こら、騒いではいかん。騒ぐではない。」 将軍は陣地を見渡しながら、やや錆のある声を伝えた。「こう云う狭隘な所だから、敬礼も何もせなくとも好い。お前達は何聯隊の白襷隊じゃ?」 田口一等卒は将軍の眼が、彼の顔へじっと注がれるの・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 竪矢の字の帯の色の、沈んで紅きさえ認められたが、一度胸を蔽い、手を拱けば、たちどころに消えて見えなくなるであろうと、立花は心に信じたので、騒ぐ状なくじっと見据えた。「はい。」「お迎に参りました。」 駭然として、「私を。・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ と呼ぶ声、叫ぶ声、女どもの形は、黒い入道雲を泳ぐように立騒ぐ真上を、煙の柱は、じりじりと蔽い重る。…… 畜生――修羅――何等の光景。 たちまち天に蔓って、あの湖の薬研の銀も真黒になったかと思うと、村人も、往来も、いつまたたく間・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ もう畳を上げた方がよいでしょう、と妻や大きい子供らは騒ぐ。牛舎へも水が入りましたと若い衆も訴えて来た。 最も臆病に、最も内心に恐れておった自分も、側から騒がれると、妙に反撥心が起る。殊更に落ちついてる風をして、何ほど増して来たとこ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・の如くに考えているらしい、歴史上の話や、茶器の類などを見せられても、今日の社会問題と関係なきものの如くに思って居る、欧米あたりから持ってきたものであれば、頗る下等な理窟臭い事でも、直ぐにどうのこうのと騒ぐのである、修養を待ず直ぐ出来るような・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・と、先生は、しきりに騒ぐ鳥を見ながらいいました。 はたして、その夜、この町に大火が起こりました。そして、ほとんど、町の大半は全滅して、また負傷した人がたくさんありました。 この騒ぎに、あほう鳥の行方が、わからなくなりました。男はどん・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・と、その様子で察して、騒ぐのをやめて、傍に来て坐り自分も耳を傾ける。たとえ読まれる事柄の細かな筋はよく分らなくとも、部分、部分に、空想を逞うして同じく心を動かす。「お母さん、そして、どうなったのですか?」 こういう風に、自発的に、お・・・ 小川未明 「読んできかせる場合」
・・・ただ、私のしたことは、魂の故郷を失った文学に変な意義を見つけて、これこそ当代の文学なりと、同憂の士が集ってわいわい騒ぐことだけはまず避けたのである。 なるほど、私たちの年代の者が、故郷故郷となつかしがるのはいかにも年寄じみて見えるだろう・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ お先真暗で夢中に騒ぐ!」と、こうだ。何処を押せば其様な音が出る? ヤレ愛国だの、ソレ国難に殉ずるのという口の下から、如何して彼様な毒口が云えた? あいらの眼で観ても、おれは即ち愛国家ではないか、国難に殉ずるのではないか? ではあるけれど、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫