佐佐木君は剛才人、小島君は柔才人、兎に角どちらも才人です。僕はいつか佐佐木君と歩いていたら、佐佐木君が君に突き当った男へケンツクを食わせる勢を見、少からず驚嘆しました。実際その時の佐佐木君の勢は君と同姓の蒙古王の子孫かと思・・・ 芥川竜之介 「剛才人と柔才人と」
・・・ 僕は彼の註文通り、驚嘆する訣には行かなかった。けれども浮かない顔をしたまま、葉巻を銜えているのも気の毒だった。「ふん、土匪も洒落れたもんだね。」「何、黄などは知れたものさ。何しろ前清の末年にいた強盗蔡などと言うやつは月収一万元・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・保吉はいつか粟野さんの Asino ――ではなかったかも知れない、が、とにかくそんな名前の伊太利語の本を読んでいるのに少からず驚嘆した。しかし敬意を抱いているのは語学的天才のためばかりではない。粟野さんはいかにも長者らしい寛厚の風を具えてい・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 煙客翁はその画を一目見ると、思わず驚嘆の声を洩らしました。 画は青緑の設色です。渓の水が委蛇と流れたところに、村落や小橋が散在している、――その上に起した主峯の腹には、ゆうゆうとした秋の雲が、蛤粉の濃淡を重ねています。山は高房山の・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・いわば公私の区別とでもいうものをこれほど露骨にさらけ出して見せる父の気持ちを、彼はなぜか不快に思いながらも驚嘆せずにはいられなかった。 一行はまた歩きだした。それからは坂道はいくらもなくって、すぐに広々とした台地に出た。そこからずっとマ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・油でもコンテでも全然抜群で美校の校長も、黒馬会の白島先生も藤田先生も、およそ先生と名のつく先生は、彼の作品を見たものは一人残らず、ただ驚嘆するばかりで、ぜひ展覧会に出品したらというんだが、奴、つむじ曲がりで、うんといわないばかりか、てんで今・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・七 我らはしばしば悲壮な努力に眼を張って驚嘆する。それは二つの道のうち一つだけを選み取って、傍目もふらず進み行く人の努力である。かの赤き道を胸張りひろげて走る人、またかの青き道をたじろぎもせず歩む人。それをながめている人の心・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・これらの偉大な学者や実際運動家は、その稀有な想像力と統合力とをもって、資本主義生活の経緯の那辺にあるかを、力強く推定した点においては、実に驚嘆に堪えないものがある。しかしながら彼らの育ち上がった環境は明らかに第四階級のそれではない。ブルジョ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・が、少年の筆らしくない該博の識見に驚嘆した読売の編輯局は必ずや世に聞ゆる知名の学者の覆面か、あるいは隠れたる篤学であろうと想像し、敬意を表しかたがた今後の寄書をも仰ぐべく特に社員を鴎外の仮寓に伺候せしめた。ところが社員は恐る恐る刺を通じて早・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・この『罪と罰』を読んだのは明治二十二年の夏、富士の裾野の或る旅宿に逗留していた時、行李に携えたこの一冊を再三再四反覆して初めて露西亜小説の偉大なるを驚嘆した。 私は詞藻の才が乏しかったから、初めから文人になれようともまたなろうとも思わな・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
出典:青空文庫