・・・動もすればはやり勝ちな、一党の客気を控制して、徐に機の熟するのを待っただけでも、並大抵な骨折りではない。しかも讐家の放った細作は、絶えず彼の身辺を窺っている。彼は放埓を装って、これらの細作の眼を欺くと共に、併せてまた、その放埓に欺かれた同志・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・……それに、その細君というのが、はじめ画師さんには恋人で、晴れて夫婦になるのには、この学士先生が大層なお骨折りで、そのおかげで思いが叶ったと申したようなわけだそうで。……遁げ込み場所には屈竟なのでございました。 時に、弱りものの画師さん・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「どうもお骨折りでした」 Aさんはにこにこして、封筒の中から原稿を取り出そうとした。 途端に武田さんは私の手を引っ張って、エレヴェーターに乗った。 白紙の原稿を見たAさんがあっと驚いた時は、エレヴェーターは動いていた。「・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・杜氏は、自分が骨折りもしないのに、ひとかど与助の味方になっているかのようにそう云った。 与助は、一層、困惑したような顔をした。「われにも覚えがあるこっちゃろうがい!」 杜氏は無遠慮に云った。 与助は、急に胸をわく/\さした。・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・しかし、そんな食堂とは食堂がちがいますよ――旦那も、先生も、これには大骨折りでした」「こんなところに、こんな好い食堂があるかって、皆さんがよくそう仰って下さいますよ」とお力も言葉を添えた。「これも、しょっちゅう御隠居さんのお噂ばかり・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・友人たちの骨折りのおかげで私は兄貴から、これから二三年のあいだ、月々、五十円のお金をもらえることになった。私はさっそく貸家を捜しまわっているうちに、盲腸炎を起し阿佐ヶ谷の篠原病院に収容された。膿が腹膜にこぼれていて、少し手おくれであった。入・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・「中畑さんのお骨折りです。」北さんは、いつでも功を中畑さんにゆずるのだ。「このたびの着物も袴も、中畑さんがあなたの御親戚をあちこち駈け廻って、ほうぼうから寄附を集めて作って下さったのですよ。まあ、しっかりおやりなさい。」 その夜おそ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・からみ附くのに大骨折りさ。でも、この棚を作る時に、ここの主人と細君とは夫婦喧嘩をしたんだからね。細君にせがまれたらしく、ばかな主人は、もっともらしい顔をして、この棚を作ったのだが、いや、どうにも不器用なので、細君が笑いだしたら、主人の汗だく・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・ 遊びに来たのでは無い。骨折りの仕事をしに来たのだ。私はその夜、暗い電燈の下で、東京市の大地図を机いっぱいに拡げた。 幾年振りで、こんな、東京全図というものを拡げて見る事か。十年以前、はじめて東京に住んだ時には、この地図を買い求める・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・精米屋は骨折り、かせいで居る。全身を米の粉でまっしろにして、かれの妻と三人のおとこの鼻たれのために、帯と、めんこのために、努めて居る。私、精米の機械の音。」「佐藤春夫曰く、悪趣味の極端。したがってここでは、誇張されたるものの美が、もくろまれ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
出典:青空文庫