・・・観客は亮の兄弟と自分らを合わせて四五人ぐらいはあったが、映画技師、説明者が同時に映画製造者を兼ねるのみならず、肝心のガラス板がやっと二枚ぐらいしか掛け替えがないのだから亮の骨折りは一通りでなかったろうと思われる。後には自分の父に頼んでもう少・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ しかしわが貧乏国日本の忠実な少壮学者は貧乏な大学の研究所のために電池のわずかな費用を節約しつつ、たくあんをかじり、渋茶に咽喉を潤してそうして日本学界の名誉のために、また人間の知恵のために骨折り働いているのである。 ろうそくをはい上・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・そうして当時の自分の英語の力では筋だけを了解するのもなかなかの骨折りであったが、そのおかげで英語が急に進歩したのも事実であった。学校で教わっていた「クライブ伝」や「ヘスチング」になんの興味も感じることのできなくてかわき切っていた頭にあたたか・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ こうして発達した西欧科学の成果を、なんの骨折りもなくそっくり継承した日本人が、もしも日本の自然の特異性を深く認識し自覚した上でこの利器を適当に利用することを学び、そうしてたださえ豊富な天恵をいっそう有利に享有すると同時にわが国に特異な・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・トルストイのおとぎ話に牛乳の白色という観念を盲者に理解させようとしてむだ骨折りをする話がある。雪のようだと言えばそんなに冷たいかとこたえ白うさぎのようだと言えばそんなに毛深い柔らかいのかと聞きかえした。 それでもし生まれつき盲目でその上・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・私は努めて、平然としようと骨折りながら訊いた。彼女は今私が足下の方に踞ったので、私の方を見ることを止めて上の方に眼を向けていた。 私は、私の眼の行方を彼女に見られることを非常に怖れた。私は実際、正直な所其時、英雄的な、人道的な、一人の禁・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 十九にもなったものを只食わしては置けないと云うので、あらんかぎりの努力をして漸う専売局の極く極く下の皆の取り締りにしてもらったのは、良吉のひどい骨折りであった。 免職されない代り、目立ってもらうものが増えもしない。 何をしても・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・どんな骨折りをしても、今年はお乳がなければなりません。母子の為に。 ヴォラールの「セザンヌ伝」を読んでもらっていると、一八九二、三年頃「落選画家の展覧会」を開いた後でも、セザンヌがどんな扱いを受けていたか、ということがわかって驚かれます・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そして、自分のもっているいい心を自分で信じて生きて行っていいのだということ、そのためには骨折りを惜しんではならないのだ、という真面目な鼓舞を感じるのであった。 四年になってから、もう一人、やはり人間らしい真直な気持よい視線で生徒を見る先・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ そのように映画が低いところで作られてゆく諸原因を改善してゆきたい希望と骨折りとは、其の事実を知っている人々が間接直接に自分にもかかわる文化上の責任として忘れてはいないことであると思う。 私たちはそういう感情をもってその朝の試写会に・・・ 宮本百合子 「実感への求め」
出典:青空文庫