・・・ これだけの説明をいたすのが、わたくしには一通りの骨折ではございませんでした。しかし聡明な、敏捷な思索家でいらっしゃるあなたには、わたくしの思っている事は、造做もなくお分りになりましょう。 あなたがまだ高等学校をお出になったばかりの・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 婆さんは露骨に骨折損をしたという表情をその声に現して、此方へ向きなおった。小さい引つめ束髪に結った彼女の髷は、もう幾日櫛をとおさないか。謂わばまあ埃と毛髪のこね物なのだが、そこへ、二本妻楊子がさしてある。 蕨を出て程なく婆さんは、・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・家庭の主婦の心労や骨折や或は無智が、職工さんのお弁当の量は多くて質の足りない組合わせを結果して来てもいるだろうし、代用食と云えばうどんで子供は食慾もなくしている始末にもなっていよう。何をたべたか、何がたべたいかという結果として出たところで調・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・ 生きなければならないばかりに栄蔵は、自分より幾代か前の見知らぬ人々の骨折の形見の田地を売り食いして居た。 働き盛りの年で居ながら、何もなし得ないで、やがては、見きりのついて居る田地をたよりに、はかない生をつづけて行かなければならな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 涙は絶えずまぶたに満ちてそれでも人前を知らん顔を仕終せ様とするにはなかなかの骨折で顔が熱くなって帯を結んだあたりに汗がにじむ様だった。 死ぬとか生きるとかと云う事はまるで頭になく只私と仲の良い小さい娘に会いたいと云う心ばっかりに司・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・実に可哀想です、あの骨折を思えば。大東亜文学者大会というのがあります。村岡花子が日本の女流作家だそうです。 十一月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より〕 今日は嬉しいことがあります。オリザビトンが五つ程みつかりました。今・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・「御自分の御心に御きき遊ばせ、世の中の若いまだ世間を知らない方なんと云うものは、とっくに人の知って居ることをなおかくそうかくそうと骨折りをしてその骨折がいのないのを今更のようにびっくりするかたが多いもんでございます。貴方さまも其の中の御・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・台所のことは男に分らないといったのは昔のことで、この頃の一般家庭の良人や父親は幼児の粉ミルクのために、一束の干うどんのために、まったく実際上の骨折をしているのだし、物価の問題、炭のこと、家庭欄が社会欄となって来ているといってもあたっている有・・・ 宮本百合子 「私の感想」
・・・ 文吉は酒井家の目附役所に呼び出されて、元表小使、山本九郎右衛門家来と云う資格で、「格段骨折奇特に附、小役人格に被召抱、御宛行金四両二人扶持被下置」と達せられた。それから苗字を深中と名告って、酒井家の下邸巣鴨の山番を勤めた。 この敵・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・実に容易ならぬ骨折をして下すったのである。この事はどこでも公言して無いから、この機会を利用して公言して置く。 訳本に何物をも書き添えないと云うことは、ほとんど従来例の無い事かと思う。しかしこれには単に訳本をして自ら語らしめる、否訳文をし・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫