・・・竹で造った骨組みの上へ紙を張って、それに青と赤との画の具で、華やかな彩色が施してある。形は画で見る竜と、少しも変りがない。それが昼間だのに、中へ蝋燭らしい火をともして、彷彿と蒼空へ現れた。その上不思議な事には、その竜燈が、どうも生きているよ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・鏡に映った僕の顔は皮膚の下の骨組みを露わしていた。蛆はこう云う僕の記憶に忽ちはっきり浮び出した。 僕は戸をあけて廊下へ出、どこと云うことなしに歩いて行った。するとロッビイへ出る隅に緑いろの笠をかけた、脊の高いスタンドの電燈が一つ硝子戸に・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・前には濃い紫と云ったけれども――肩に手を掛けたのは、近頃流行る半コオトを幅広に着た、横肥りのした五十恰好。骨組の逞ましい、この女の足袋は、だふついて汚れていた……赤ら顔の片目眇で、その眇の方をト上へ向けて渋のついた薄毛の円髷を斜向に、頤を引・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
一 深川八幡前の小奇麗な鳥屋の二階に、間鴨か何かをジワジワ言わせながら、水昆炉を真中に男女の差向い。男は色の黒い苦み走った、骨組の岩畳な二十七八の若者で、花色裏の盲縞の着物に、同じ盲縞の羽織の襟を洩れて、印・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・所詮倫理学は死せる概念の積木細工ではなくして、活きた人間存在の骨組みある表現なのである。この骨組みの鉄筋コンクリート構造に耐え得ずして、直ちに化粧煉瓦を求め、サロンのデコレーションを追うて、文芸の門はくぐるが、倫理学の門は素通りするという青・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ その男は骨組のしっかりした、かなり豊かな肉づきをしていた。しかし、せいが高いので寧ろ痩せて見える敏捷らしい男だった。 見たところ、彼は、日本の兵タイなど面倒くさい、大砲で皆殺しにしてしまいたいと思っているらしかった。 それが目・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 上田の進さんの番になると、お母アは鼻をぴく/\さした。骨組の太い上田が立ち上がると、いきなり、「われ/\の同志であり、先輩である山崎君の*****に私は**を***ものである。もはや山崎は同志でもなく、先輩でもない!」と前置きをして、・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・永く満洲で軍隊生活をして、小さい時からの乱暴者の由で、骨組もなかなか頑丈の大男らしく、彼は、はじめてその話をケイ子から聞かされた時には、実に、いやあな気持がした。どうも、この、恋人の兄の軍曹とか伍長とかいうものは、ファウストの昔から、色男に・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・「私には、あなたの胃袋や骨組だけが見えて、あなたの白い膚が見えません。私は悲しいめくらです。」なぞと、これは、読者へのサーヴィス。作家たるもの、なかなか多忙である。 ルソオの懺悔録のいやらしさは、その懺悔録の相手の、神ではなくて、隣・・・ 太宰治 「思案の敗北」
出典:青空文庫