・・・今に工面してやるから可い、蚊の畜生覚えていろと、無念骨髄でしたよ。まだそれよりか、毒虫のぶんぶん矢を射るような烈い中に、疲れて、すやすや、……傍に私の居るのを嬉しそうに、快よさそうに眠られる時は、なお堪らなくって泣きました。」 聞く方が・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ズボリと踏込んだ一息の間は、冷さ骨髄に徹するのですが、勢よく歩行いているうちには温くなります、ほかほかするくらいです。 やがて、六七町潜って出ました。 まだこの間は気丈夫でありました。町の中ですから両側に家が続いております。この辺は・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ あるいは鎌倉武士以来の関東武士の蛮性が、今なお自分の骨髄に遺伝してしかるものか。 破壊後の生活は、総ての事が混乱している。思慮も考察も混乱している。精神の一張一緩ももとより混乱を免れない。 自分は一日大道を闊歩しつつ、突然とし・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・無念骨髄に徹して歯を咬み拳を握る幾月日、互に義に集まる鉄石の心、固く結びてはかりごとを通じ力を合せ、時を得て風を巻き雲を起し、若君尚慶殿を守立てて、天翔くる竜の威を示さん存念、其企も既に熟して、其時もはや昨今に逼った。サ、かく大事を明かした・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・あいつのために、おれは牢へいれられたと、うらみ骨髄に徹して、牢から出たとき、草の根をわけても、と私を捜しまわり、そうして私の陋屋を、焼き払い、私たち一家のみなごろしを企てるかもわからない。よくあることだ。私は、そのときのことを懸念し、僕は、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ こういう、エイゼンシュテインのいわゆる映画術の骨髄を昔から伝えきたったその日本現在の映画は誠に彼の言うとおり、どうヒイキ目に見ても残念ながらいくらもこれを具備していないようである。これはしかし日本映画製作者だけの責任ではないので、これ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これと反対に、読んでおのずから胸の透くような箇所があれば、それはきっと著者のほんとうに骨髄に徹するように会得したことをなんの苦もなく書き流したところなのである。 この所説もはなはだ半面的な管見をやや誇張したようなきらいはあろうが、おのず・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ということがいろいろな芸術の指導原理か骨髄かあるいは少なくも薬味ないしビタミンのごときものであると考えられていた。西洋でもラスキンなどは「一抹の悲哀を含まないものに真の美はあり得ない」と言ったそうである。これから考えても悲哀ということ自身は・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・新聞ばかり見ていると東京も日本も骨髄まで腐れているかと思うこともあるが、そうでもないと思われるたしかな証拠もなくはない。世の中が真暗くなったような錯覚を起こさせるのがジャーナリズムの狙い所ではあろうが、考えてみるとどこの世界にでも与太者のユ・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ 一九五〇年代の日本の人民的な諸活動の骨髄は文学をふくめて、このカリエスをどのように治療してゆくかという課題に向わないわけにはゆかない。日本の現代文学は、この角度から、世界文学のうちに何かの意義をもつものであるか、或は、空文の憲法をもち・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫