・・・が、彼の水兵服は勿論、皮や肉も焼け落ちたために下っているのは骸骨だけだった。こう云う話はガンルウムにいたK中尉にも伝わらない訣はなかった。彼はこの下士の砲塔の前に佇んでいた姿を思い出し、まだどこかに赤い月の鎌なりにかかっているように感じた。・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・ 古蓑が案山子になれば、茶店の骸骨も花守をしていよう。煙は立たぬが、根太を埋めた夏草の露は乾かぬ。その草の中を、あたかも、ひらひら、と、ものの現のように、いま生れたらしい蜻蛉が、群青の絹糸に、薄浅葱の結び玉を目にして、綾の白銀の羅を翼に・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 渠は手も足も肉落ちて、赭黒き皮のみぞ骸骨を裹みたるたる空に覆れたる万象はことごとく愁いを含みて、海辺の砂山に著るき一点の紅は、早くも掲げられたる暴風警戒の球標なり。さればや一艘の伝馬も来らざりければ、五分間も泊らで、船は急進直江津に向・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・崖のくずれを雑樹また藪の中に、月夜の骸骨のように朽乱れた古卒堵婆のあちこちに、燃えつつ曼珠沙華が咲残ったのであった。 婦は人間離れをして麗しい。 この時、久米の仙人を思出して、苦笑をしないものは、われらの中に多くはあるまい。 仁・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・唯今、鼻紙で切りました骸骨を踊らせておりますんで、へい、」「何じゃ、骸骨が、踊を踊る。」 どたどたと立合の背に凭懸って、「手品か、うむ、手品を売りよるじゃな。」「へい、八通りばかり認めてござりやす、へい。」「うむ、八通り・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・この骸骨が軍服を着けて、紐釦ばかりを光らせている所を見たら、覚えず胴震が出て心中で嘆息を漏した、「嗚呼戦争とは――これだ、これが即ち其姿だ」と。 相変らずの油照、手も顔も既うひりひりする。残少なの水も一滴残さず飲干して了った。渇いて渇い・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・容貌をかえた低地にはカサコソと枯葉が骸骨の踊りを鳴らした。 そんなとき蒼桐の影は今にも消されそうにも見えた。もう日向とは思えないそこに、気のせいほどの影がまだ残っている。そしてそれは凩に追われて、砂漠のような、そこでは影の生きている世界・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 痩せて、骸骨のような、そして険しい目つきの爺さんが、山高をアミダにかむり、片手に竹の棒を握って崖の下へやって来た。「おい、こらッ!」 大きな腹をなげ出して横たわっている牝豚を見つけて、彼は棒でゴツ/\尻を突ついた。 豚は「・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・しかし古い立派な人の墓を掘ることは行われた事で、明の天子の墓を悪僧が掘って種の貴い物を奪い、おまけに骸骨を足蹴にしたので罰が当って脚疾になり、その事遂に発覚するに至った読むさえ忌わしい談は雑書に見えている。発掘さるるを厭って曹操は多くの偽塚・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・何が腐り爛れたかと薄気味悪くなって、二階の部屋から床板を引きへがして見ると、鼠の死骸が二つまでそこから出て来て、その一つは小さな動物の骸骨でも見るように白く曝れていたことを思い出した。私は恐ろしくなった。何かこう自分のことを形にあらわして見・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫