・・・――ひとり気が昂ると一所に、足をなぐように、腰をついて倒れました。」 天地震動、瓦落ち、石崩れ、壁落つる、血煙の裡に、一樹が我に返った時は、もう屋根の中へ屋根がめり込んだ、目の下に、その物干が挫げた三徳のごとくになって――あの辺も火・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ その昔相許した二人が、一夜殊に情の高ぶるのを覚えてほとんど眠られなかった時、彼は嘆じていう。こういう風に互に心持よく円満に楽しいという事は、今後ひとたびといってもできないかも知れない、いっそ二人が今夜眠ったまま死んでしまったら、これに・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・に人品骨柄いやしからず、こいつただものでない、などというのは、あれは講談で、第二国民兵の服装をしているからには、まさしくそのとおり第二国民兵であって、そこが軍律の有難いところで、いやしくも上官に向って高ぶる心を起させない。私はその日は、完全・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・我は我が蒙りたる黙示の鴻大なるによりて高ぶることの莫からんために肉体に一つの刺を与えらる。即ち高ぶること莫からんために我を撃つサタンの使なり。われ之がために三度まで之を去らしめ給わんことを主に求めたるに、言いたまう、「わが恩恵なんじに足れり・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
・・・王さまも王妃も、慈悲深く、少しも高ぶる事の無い、とても優しい人でした。 ラプンツェルは、少し淋しそうに微笑んで挨拶しました。「お坐り。ここへお坐り。」王子は、すぐにラプンツェルの手を執って食卓につかせ、自分もその隣りにぴったりくっつ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫