・・・ その時、向うの農夫室のうしろの雪の高みの上に立てられた高い柱の上の小さな鐘が、前后にゆれ出し音はカランカランカランカランとうつくしく雪を渡って来ました。今までじっと立っていた馬は、この時一緒に頸をあげ、いかにもきれいに歩調を踏んで、厩・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・けれども又すぐ向うの樺の木の立っている高みの方を見るとはっと顔色を変えて棒立ちになりました。それからいかにもむしゃくしゃするという風にそのぼろぼろの髪毛を両手で掻きむしっていました。 その時谷地の南の方から一人の木樵がやって来ました。三・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・というのは、チェホフは、しまいにはいつだって、高みから見下したような憫笑で、諷刺の対象を許してしまっている。 下らぬもの、卑しいものに対して、勝利する新しい世界観というものを明瞭に把握してわれわれに示してはくれない。 そこに、彼の生・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ 師範卒業生佐田の安直ぶりが、階級的発展の端緒としての意味をもつ未熟さ、薄弱さとして高みから扱われているのではなく、作者須井自身にとっても弱い一点であることは、「幼き合唱」のところどころの文章にうかがわれる。大体作者はいわゆる筆が立つと・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ 庭へついと、遠い遠い彼方の空の高みから、一羽の小鳥が飛んで来た。すっと、軽捷な線を描いて、傍の檜葉の梢に止った。一枝群を離れて冲って居る緑の頂上に鷹を小型にしたような力強い頭から嘴にかけての輪廓を、日にそむいて居る為、真黒く切嵌めた影・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・亭のある高みの下を智恩院へゆく道が続いていた。その道を越して、もっと広い眺めが展けている。下の道を時々人が通り、亭の附近は静かであった。花の咲かない躑躅の植込みの前にベンチがあり、彼等が行ったとき、そう若くない夫婦がかけていい心地そうに目前・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ 大雨があがる、 晴天 碧い空に白い雲、西風爽か 山の松の幹もパラリとしてすがしく篁の柔かい若青葉がしなやかに瑞々しく重く見える 多賀さんの下の高みで、家組が出来て、人が働いている 白シャツ姿。 廻り椽。浅い池 椽の・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・アルプス登攀列車は、一刻み、一刻み毎に、しっかり噛み合って巨大な重量を海抜数千メートルの高み迄ひき上げてゆく堅牢な歯車をもっている。わたし達が近代的外皮に装われた最も悪質な封建性から自身の全生活を解放して、民主主義に立つ眺望ひろい人生を確保・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・ 寺の方がすこし高みになっていて、牛のいる牧場はかなり下に見おろせた。今思えばいかにも市中の牧場らしく、ただ平地に柵をめぐらされているだけのその牧場だったが、そこに、いつも四五頭の乳牛が出ていた。白と飴色のまだら、白黒のまだら。ちょっと・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ いつしかレールは左右に幾条も現れ、汽車は高みを走って、低いところに、混雑して黒っぽい町並が見下せた。コールターで無様に塗ったトタン屋根の工場、工場、工場とあると思うと、一種異様な屑物が山積した空地。水たまり。煤をかぶった狭い不規則な地・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
出典:青空文庫