・・・淫売屋から出てくる自然主義者の顔と女郎屋から出てくる芸術至上主義者の顔とその表れている醜悪の表情に何らかの高下があるだろうか。すこし例は違うが、小説「放浪」に描かれたる肉霊合致の全我的活動なるものは、その論理と表象の方法が新しくなったほかに・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・行為の決定にあたって、ひとたびわれわれが生の実質的価値の高下の判断を混うるや否や、それは必ず懐疑に陥らざるを得ない。殺すは悪、恵むは善というような意欲の実質的価値判断を混うるならば、祖国のための戦いに加わるは悪か、怠け者の虚言者に恵むは善か・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・いわんやまた趣味には高下もあり優劣もあるから、優越の地に立ちたいという優勝慾も無論手伝うことであって、ここに茶事という孤独的でない会合的の興味ある事が存するにおいては、誰か茶讌を好まぬものがあろう。そしてまた誰か他人の所有に優るところの面白・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 同じように米相場や株式の高下の曲線を音に翻訳することもできなくはないはずである。 たとえば浅間温泉からながめた、日本アルプス連峰の横顔を「歌わせる」ことも可能である。人間の横顔の額からあごまでの曲線を連ねて「音」にして聞き分けるこ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・批評の条項についても諸人の合意でこれらの高下を定める事ができるかも知れぬ。崇高感を第一位に置くもよい。純美感を第一にするもよい。あるいは人間の機微に触れた内部の消息を伝えた作品を第一位に据えてもいい。あるいは平々淡々のうちに人を引き着ける垢・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・けっして彼らの人生観の高下を示すものではない。大人だからえらい。えらい見方をして人事に対するのが写生文家だと云う意義に解釈されては余の本旨に背く。えらい、えらくないは問題外である。ただ彼らの態度がこうだと云うまでに過ぎぬ。 この故に写生・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・この国では衣服では人の高下が分らない。牛肉配達などが日曜になるとシルクハットでフロックコートなどを着て澄している。しかし一般に人気が善い。我輩などを捕えて悪口をついたり罵ったりするものは一人もおらん。ふり向いても見ない。当地では万事鷹揚に平・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・一、学費は物価の高下によりて定め難し。されどもまず米の相場を一両に一斗と見込み、この割合にすれば、たとい塾中におるも外に旅宿するも、一ヶ月金六両にて、月俸、月金、結髪、入湯、筆紙の料、洗濯の賃までも払うて不自由なかるべし。ただし飲酒・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・感激の強度と、批評的価値の高下とは綿密に考えられなければならないものではございますまいか。 けれども、私共は先ず、此の催眠させられる程烈しく湧き上る憧憬は、如何なる背景をその後に持って居るか考えなければなりません。其程の恍惚の歓びは、何・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・は、あらゆるところで、女は夫に仕えて云々という表現をしているのだが、福沢諭吉の開化の心は、主従関係、身分の高下をあらわしたそういう表現が夫婦の間にあることに耐え得ない。「我輩の断じて許さざるところなり」「婦人をして柔和忍辱の此頂上にまで至ら・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
出典:青空文庫