・・・いっそ蛍を飛ばすなら、祇園、先斗町の帰り、木屋町を流れる高瀬川の上を飛ぶ蛍火や、高台寺の樹の間を縫うて、流れ星のように、いや人魂のようにふっと光って、ふっと消え、スイスイと飛んで行く蛍火のあえかな青さを書いた方が、一匹五円の闇蛍より気が利い・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・異の聯想を起すべき動物を詠みたるもの、獺の住む水も田に引く早苗かな獺を打し翁も誘ふ田植かな河童の恋する宿や夏の月蝮の鼾も合歓の葉陰かな麦秋や鼬啼くなる長がもと黄昏や萩に鼬の高台寺むさゝびの小鳥喰み居る枯野かな・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・蒔絵を観るため、彼等は高台寺へ行った。蒔絵のある建物が裏山の中腹にあって、下から登龍の階と云うのを渡って行くようになっていた。遠洲の案とかで、登ってゆくときには龍の白い腹だけ、降りには龍の背を黒く踏んで来るように、階段の角度が工夫してあるの・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・京都など、そのように不作法な風が吹かないしほこりは立たないし――高台寺あたりのしっとりした木下路を想うと、すがすがしさが鼻翼をうつようだ。とかく白濁りの空の下に、白っぽくよごれた桜が咲いている光景、爛漫としているだけ憂鬱の度が強い。 け・・・ 宮本百合子 「塵埃、空、花」
・・・を単行本にする為に手入れをしながら「高台寺」「帆」「白い蚊帳」「街」「一本の花」等を書く。十二月初旬、湯浅芳子と共にソヴェト・ロシアへ出発した。十二月十五日モスクワに着く。一九二八年単行本『伸子』が改造社から出版され・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫