・・・粋な、やくざなふるまいは、つねに最も高尚な趣味であると信じていました。城下まちの、古い静かな割烹店へ、二度、三度、ごはんを食べに行っているうちに、少年のお洒落の本能はまたもむっくり頭をもたげ、こんどは、それこそ大変なことになりました。芝居で・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・と殊勝らしく、眼を伏せて、おそろしく自己を高尚に装い切ったと信じ込んで、澄ましている風景のなかなかに多く見受けられることである。あさましく、かえって鴎外のほうでまごついて、赤面するにちがいない。勉強いたして居ります。というのは商人の使う言葉・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・それでこの見知らぬ国へ連れられて来て、わずかの間に、相手になる日本人の気心をのみ込んで卑屈な妥協を見いだすにはあまりに純良高尚すぎた性質をもっていたのである。ところがまたこの象を取り扱う人間もまたあいにくきわめて純良で正直であって、この異郷・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・ その頃発行せられていた雑誌の中で、最も高尚でむずかしいものとして尊ばれていたのは、『国民の友』、『しがらみ草紙』、『文学界』の三種であった。まだ病気にならぬ頃、わたくしは同級の友達と連立って、神保町の角にあった中西屋という書店に行き、・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・一例を挙ぐれば、現代一般の芸術に趣味なき点は金持も貧乏人もつまりは同じであるという事から、モオリスは世のいわゆる高尚優美なる紳士にして伊太利亜、埃及等を旅行して古代の文明に対する造詣深く、古美術の話とさえいえば人に劣らぬ熱心家でありながら、・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・私は今ここにニッケルの時計しか持っておらぬ。高尚な意味で云ったら芸妓よりも私の方が人のためにする事が多くはないだろうかという疑もあるが、どうも芸妓ほど人の気に入らない事もまたたしからしい。つまり芸妓は有徳な人だからああ云う贅沢ができる、いく・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・僕のような高尚な男が、そんな愚な真似をするものか。華族や金持がほれば似合うかも知れないが、僕にはそんなものは向かない。荒木又右衛門だって、ほっちゃいまい」「荒木又右衛門か。そいつは困ったな。まだそこまでは調べが届いていないからね」「・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ それ故西洋諸国の出版業者が、著者に対する尊敬と読者に対する愛敬とからして、やや高尚なる文学書類を多くパンフレツトで出版するのは、さもあるべき筈のことではないか。この仕方で出版された書物は、その特種なる国民的趣味を代表する表紙の一色によ・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・畢竟するに其気品高尚にして性慾以上に位するが故なりと言わざるを得ず。曾て東京に一士人あり、頗る西洋の文明を悦び、一切万事改進進歩を気取りながら、其実は支那台の西洋鍍金にして、殊に道徳の一段に至りては常に周公孔子を云々して、子女の教訓に小学又・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・離は合の術なり、遠は近の方便なりとの趣意にして、結局は政府と学者と直接の関係を止め、ともに高尚の域に昇りて永遠重大の喜憂をともにせんとするの旨を述べたるものなり。たとえばここに一軒の家あらん。楼下は陋しき一室にして、楼上には夥多の美室あり。・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫