・・・ とこの高松の梢に掛った藤の花を指して、連の職人が、いまのその話をした時は…… ちょうど藤つつじの盛な頃を、父と一所に、大勢で、金石の海へ……船で鰯網を曵かせに行く途中であった…… 楽しかった……もうそこの茶店で、大人たちは一度・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
小豆島にいて、たまに高松へ行くと気分の転換があって、胸がすツとする。それほど変化のない日々がこの田舎ではくりかえされている。しかし汽車に乗って丸亀や坂出の方へ行き一日歩きくたぶれて夕方汽船で小豆島へ帰ってくると、やっぱり安・・・ 黒島伝治 「四季とその折々」
・・・故日下部博士が昔ある学会で文明と地震との関係を論じたあの奇抜な所説を想い出させられた。高松という処の村はずれにある或る神社で、社前の鳥居の一本の石柱は他所のと同じく東の方へ倒れているのに他の一本は全く別の向きに倒れているので、どうも可笑しい・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・について高松高等商業学校の大泉行雄氏から書信で、九州福岡の原志兔太郎氏が灸の研究により学位を得られたと思うという知らせを受けた。右の原氏著「お灸療治」という小冊子に灸治の学理が通俗的に説明されているそうである。一見したいと思っているがまだそ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 父が亡くなった翌年の夏、郷里の家を畳んで母と長女を連れ、陸路琴平高松を経て岡山で一泊したその晩も暑かった。宿の三階から見下ろす一町くらい先のある家で、夜更けるまで大声で歌い騒ぎ怒鳴り散らすのが聞こえた。雨戸をしめに来た女中がこの騒ぎを・・・ 寺田寅彦 「夏」
出典:青空文庫