・・・まないが、かつてザクセンの建築学会で日本家屋論を講演した事がある、邦人にして独逸語を以て独逸人の前で演説したのは余を以て嚆矢とすというような論鋒で、一々『国民新聞』所載の文章を引いては、この処筆者の風彷彿として見はると畳掛けて、暗に私に諷て・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・『平凡』の一節に「新内でも清元でも上手の歌うのを聞いてると、何だかこう国民の精粋というようなものが髣髴としてイキな声や微妙の節廻しの上に現れて、わが心の底に潜む何かに触れて何かが想い出されて何ともいえぬ懐かしい心持になる。私はこれを日本国民・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 何を措いても児童たちに、理想社会の全貌を彷彿させることが肝要であり、また芸術や、教育の任務でなければなりません。そして、児童の読物に於ては、誤れる現実の喜悲を清算して、真にこれを感じて尊重しなければならぬ人類の名誉、幸福のいかなるもの・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・空想には、時間も空間もないから、生々として、黒い瞳や、紅い唇が、眼の前に彷彿とするのであります。そればかりでなく、今も巷にさえ出かければ、どこかのレストランに、そのままの姿で働いている彼女達を見られるような気がするのであります。「あなた・・・ 小川未明 「春風遍し」
・・・その故か、見ていると不思議なくらい信子の身体つきが髣髴とした。 夕立はまた町の方へ行ってしまった。遠くでその音がしている。「チン、チン」「チン、チン」 鳴きだしたこおろぎの声にまじって、質の緻密な玉を硬度の高い金属ではじくよ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 撃柝の音は坂や邸の多い堯の家のあたりを、微妙に変わってゆく反響の工合で、それが通ってゆく先ざきを髣髴させた。肺の軋む音だと思っていた杳かな犬の遠吠え。――堯には夜番が見える。母の寝姿が見える。もっともっと陰鬱な心の底で彼はまた呟く。・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ このときの消息はウォルムスにおけるルーテルの行動をわれわれに髣髴せしめる。「道善御房は師匠にておはしまししかども、法華経の故に地頭を恐れ給ひて、心中には不便とおぼしつらめども、外はかたきのやうににくみ給ひぬ――本尊問答抄」・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・それを思うと、銀座で逢った人が余計に大塚さんの眼前に彷彿いた。黄ばんだ柳の花を通して見た彼女――仮令一目でもそれが精しく細かく見たよりは、何となく彼女の沈着いて来たことや、自然に身体の出来て来たことや、それから全体としての女らしい姿勢を、反・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・の絵にはどこかに西欧の妖精らしい面影が髣髴と浮かんでいる。著者の小品集「怪談」の中にも出て来る「轆轤首」というものはよほど特別に八雲氏の幻想に訴えるものが多かったと見えて、この集中にも、それの素描の三つのヴェリエーションが載せられている。そ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・わたくしは一葉柳浪鏡花等の作中に現れ来る人物の境遇と情緒とは、江戸浄瑠璃中のものに彷彿としている事を言わねばならない。そしてまた、それらの人物は作家の趣味から作り出されたものでなく、皆実在のものをモデルにしていた事も一言して置かねばならない・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫