・・・それはこの庭の静寂に、何か日本とは思われない、不可思議な魅力を添えるようだった。 オルガンティノは寂しそうに、砂の赤い小径を歩きながら、ぼんやり追憶に耽っていた。羅馬の大本山、リスポアの港、羅面琴の音、巴旦杏の味、「御主、わがアニマの鏡・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ 死 マインレンデルは頗る正確に死の魅力を記述している。実際我我は何かの拍子に死の魅力を感じたが最後、容易にその圏外に逃れることは出来ない。のみならず同心円をめぐるようにじりじり死の前へ歩み寄るのである。 「・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・このくらい秘密の魅力に富んだ、掴え所のない問題はない。保吉は死を考える度に、ある日回向院の境内に見かけた二匹の犬を思い出した。あの犬は入り日の光の中に反対の方角へ顔を向けたまま、一匹のようにじっとしていた。のみならず妙に厳粛だった。死と云う・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・よし単調な色彩であっても、そこに一種云うべからざる魅力と、奪うべからざる力を描出し得ると思う。この事はいつか詳しく云いたいと思っている。 僕は批評と云わず、作と云わず、セルフのないものは充らないと思う。只単に旨いと思って読むものと、・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ ある種の文体は、それを好む人達にとって魅力があるにしても、ある人々にとっては、全く縁なきものであります。一行、一句にも心を捕えられ、恍惚として、耽読せしむるものは、即ち知己であり、その著者と向志を同じくするがためです。眼だけは、文字の・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・こゝに、芸術の魅力があり、尊貴がある。 即ち、純粋なる良心と、正義感の発生によって、描かれたる、希望の多い、明日の社会や、生活は、我等にとって、力強いユートピアでなくてなんであろう。 我等は、これを信ずるがために、今日の苦しい戦を、・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・自慢にはならぬが、話が上手で、というよりお喋りで、自分でもいや気がさすくらいだが、浅墓な女にはそれがちょっと魅力だったらしい。事実また、私の毒にも薬にもならぬ身の上ばなしに釣りこまれて夜を更かしたのが、離れられぬ縁となった女もないではなかっ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・しかし、私は京都の言葉を美しいとは思ったが、魅力があると思ったことは一度もなかった。私にはやはり京都よりも大阪弁の方が魅力があるのだ。優美で柔い京都弁よりも、下品でどぎつい大阪弁の方が、私には魅力があるのだ。なぜだろう。 多くの作家が京・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ 私は年少の頃から劇作家を志し、小説には何の魅力も感じなかったから、殆んど小説を読まなかったが、二十六歳の時スタンダールを読んで、はじめて小説の魅力に憑かれた。しかし「スタンダールやバルザックの文学は結局こしらえものであり、心境小説とし・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・それはまあ一般に言えば人の秘密を盗み見るという魅力なんですが、僕のはもう一つ進んで人のベッドシーンが見たい、結局はそういったことに帰着するんじゃないかと思われるような特殊な執着があるらしいんです。いや、そんなものをほんとうに見たことなんぞは・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫