・・・もっとも蝶のある種類たとえば Amauris psyttalea の雄などはその尾部に備えた小さな袋から一種特別な細かい粉を振り落としながら雌の頭上を飛び回って、その粉の魅力によって雌の興奮を誘発するそうである。 百年の後を恐れる人には・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ハンチングをかぶったボルは、三吉に新しい魅力であった。東京大森の前衛社! 赤い旗の前衛社! それはどういうところだろう? くらい道を家へ歩きながら想像している。しかし三吉は、高島にむかって、とうとう返辞をしなかった。この不安は、あのハンチン・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 浄瑠璃と草双紙とに最初の文学的熱情を誘い出されたわれわれには、曲輪外のさびしい町と田圃の景色とが、いかに豊富なる魅力を示したであろう。 その頃、見返柳の立っていた大門外の堤に佇立んで、東の方を見渡すと、地方今戸町の低い人家の屋根を・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・だがその二つの資格をもつ読者にとつて、ニイチェほど興味が深く、無限に深遠な魅力のある著者は外にない。ニイチェの驚異は、一つの思想が幾つも幾つもの裏面をもち、幾度それを逆説的に裏返しても、容易に表面の絵札が現れて来ないことである。我々はニイチ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・とりわけ女の人の声には、どこか皮膚の表面を撫でるような、甘美でうっとりとした魅力があった。すべての物象と人物とが、影のように往来していた。 私が始めて気付いたことは、こうした町全体のアトモスフィアが、非常に繊細な注意によって、人為的に構・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・風呂は晩酌と同じ程、彼等へ魅力を持っていた。 川上の方は、掘鑿の岩石を捨てた高台になっていて、ただ捲上小屋があるに過ぎなかった。その小屋は蓆一枚だけで葺いてあった。だから、それはただ気休めである丈けではあったが、猶、坑夫たちはそこを避難・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ なるほど、小さい絵はがきに見るこの源氏物語図屏風にしろ、魅力をもって先ず私たちをとらえるのは、大胆な裡にいかにもふっくり優しさのこもった動きで展開されている独特な構図の諧調である。 後年光琳の流れのなかで定式のようになった松の翠の・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・異性の間に漠然とした関心、興味、ある魅力が感じられているという状態のとき、それは互の条件次第で恋愛としてのびることも想像されると思う。けれども、異性の間でも、友情が友情としての感情内容をはっきりうけてあらわれた場合、その感情の本質は、あくま・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・作品の美しさ或いは意味が感じられず、そうしてそれが感じられない場合に他になんの魅力もないとすれば、公衆はその作品からなんの影響もうけず、またただちにそれを捨て去るであろう。がしかしその作品の本来の美しさを感じないでも、なおそこに或る魅力を感・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・それが地獄の劫火に焚かるべき罪であろうとも、彼はその艶美な肌の魅力を斥けることができない。そこに新しい深い世界が展開せられている。魂を悪魔に売るともこの世界に住むことは望ましい。 それが新時代の大勢であった。地下の偶像は皆よみがえって、・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫