・・・――僕は今はもう実際に人のベッドシーンを見るということよりも、そんな自分の状態の方がずっと魅惑的になって来ているんです。何故と言って、自分の見ている薄暗い窓のなかが、自分の思っているようなものでは多分ないことが、僕にはもう薄うすわかっている・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・心がわけても静かだったある日、それを聞き澄ましていた私の耳がふとそのなかに不思議な魅惑がこもっているのを知ったのである。その後追いおいに気づいていったことなのであるが、この美しい水音を聴いていると、その辺りの風景のなかに変な錯誤が感じられて・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・かなり魅惑のある恵子が、カフェーの女であるということから受ける当然の事について気をもみだした、それが最初であった。彼はそういう女がいろいろゆがんだ筋道を通ってゆきがちなのを知っていた。その考えが少しでも好意を感じている恵子に来たとき、「ちょ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ひどく骨っぽく冷たいようにも見え、またひどく情熱的魅惑的にも見える。どこかブリギッテ・ヘルムに似たところのあるこの役者のこの配役にはなんとなくダヴィンチのモナリザを思わせる不可思議なものがある。少女マヌエラのほうは、理性よりも、情緒の勝った・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・これを見ておもしろがる人々はただ妙技に感心するだけではなくて、やはり影絵のもつ特殊の魅惑に心酔するのである。 これらの原始的の影法師と現在の有声映画には数世紀の隔たりがあるにかかわらず、現在の映画はこのただの影法師から学ぶべきものを多く・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・などというのが魅惑的な装幀に飾られて続々出版された。富岡永洗、武内桂舟などの木版色刷りの口絵だけでも当時の少年の夢の王国がいかなるものであったかを示すに充分なものであろう。 これらの読み物を手に入れることは当時のわれわれにはそれほど容易・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・に歓声をあげていた情況は、まざまざとうつされている。天皇制の「非常時」専制があんまり非人間的で苦しく、重圧にたえることに疲れたプロレタリア作家のある部分も「自由な自意識の確立」に魅惑された。この当時の状態をよむ人は計らず太宰治の生涯と文学と・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・常識では、まあ何と云う風だろう、と呟きながらも、心が自ら眼を誘うような独特な魅惑が、ああいう服装にはあるべき筈だし、又、あらせ得ると思う。 真個の女の人が扮しているのだから、洋服でも、河合武雄の着る洋服ではない型と味いとを見たい。 ・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・本質的には世故にたけた、十分妥協性をもったものなのだが、それを語る語りかたの独特に意識ある態度のために風格が発生し、その確信をもって押してゆく雰囲気の魅惑に大作家らしい趣、生活力が具わっているのではないのだろうかと考えたのであった。そして、・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・「ほかの時なら私を魅惑し、自然観察に亢奮させ、人生の喜びにもえさせたに違いないベルリンへの旅行さえ、私の興味をなくさせました。それどころか、この旅行は私の気持を非常に悪くさせました」 父のすすめでベルリン大学へ赴いたカールは、あまり・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
出典:青空文庫