・・・かゝる天才の画に至ってはまた物語りの領域にはいる程の魔力を有しています。それであるから、一概に、絵と文章といずれがまさるかなどといわれないが、文字の表現がいかに人の想像に訴えて、ほしいままに空間に形を描き、声なき声を発し、色なきに、紅紫絢爛・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・これに反して個々の研究者の直接の体験を記述した論文や著書には、たとえその題材が何であっても、その中に何かしら生きて動いているものがあって、そこから受ける暗示は読む人の自発的な活動を誘発するある不思議な魔力をもっている。そうして読者自身の研究・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・それなのに、活字の大小の使い分けや、文章の巧妙なる陰影の魔力によって読者読後の感じは、どうにも、書いてある事実とはちがったものになるのである。実に驚くべき芸術である。こういうのがいわゆるジャーナリズムの真髄とでもいうのであろう。 ついこ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・これから思うと例えば大雅堂や高陽などの粗雑なような画が見る人を包み込む魔力を今更のように驚かないではいられない。 それにしても私にはどうして世間から承認された大家の作品の多くのものに共鳴が出来ないだろう。そういう絵の多くは実によく「完成・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・彼らは特殊の魔力を有し、所因の解らぬ莫大の財産を隠している。等々。 こうした話を聞かせた後で、人々はまた追加して言った。現にこの種の部落の一つは、つい最近まで、この温泉場の附近にあった。今ではさすがに解消して、住民は何所かへ散ってしまっ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・明治も中葉となれば、その官僚主義も学閥も黄金魔力に毒されてゆく。 もし、昔の東大の「よき日よき大学」によきアカデミズムがあったのなら、どうしてケーベル博士は大学の教授控室の空気を全く避けとおしたということが起ったろう。夏目漱石は、学問を・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・けれども、わたしたちがきょうのこの紛糾した苦しい矛盾をしのいで、将来によりましな社会をうみ出してゆこうとする気力と行動とを失わないでいるのは、何の魔力によってだろう。苦しみながら、ときには涙も出ない思いをかみしめながら、それでもなおわたした・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・それだのに、問題が直接家庭の内からはみ出した大きいことと思われる場合、特に政府のやることとなると、日本の婦人のこころもちのうちにある、しようがない、は最大限にこれまでの習慣の魔力をあらわして来る。何といっても日本は戦争にまけた国なのだから、・・・ 宮本百合子 「しようがない、だろうか?」
・・・その権力は金の魔力で組織をこわしさえもする。それとたたかい、不幸から自分たちの運命を救い出してゆくのが、わたしたちの生活の切実な実体だとすれば、壺井栄さんのこの作品集にたたえられている働いて生きるものの実際から苅りとられて来ている智慧、もの・・・ 宮本百合子 「壺井栄作品集『暦』解説」
・・・神や魔力は水の中にさえもあった。あんなに静かに流れ、手ですくっておいしく飲めるその水が、天からどうどうと降りそそげば、彼等の穴ぐらは時々くずれたり狩に行けないために飢えなければならない時さえあった。未開な暗さのあらゆる隅々に溢れる自然の創造・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
出典:青空文庫