・・・が、この近所の噂じゃ、何でも魔法さえ使うそうです。まあ、命が大事だったら、あの婆さんの所なぞへは行かない方が好いようですよ」 支那人の車夫が行ってしまってから、日本人は腕を組んで、何か考えているようでしたが、やがて決心でもついたのか、さ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ バルザックか、誰かが小説の構想をする事を「魔法の巻煙草を吸う」と形容した事がある。僕はそれから魔法の巻煙草とほんものの巻煙草とを、ちゃんぽんに吸った。そうしたらじきに午になった。 午飯を食ったら、更に気が重くなった。こう云う時に誰・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・第一の農夫 わたしが魔法でも知っていれば、まっ先に御助け申すのだが、――主人 当り前さ、わたしも魔法を知っていれば、お前さんなどに任せて置きはしない。王子 よし心配するな! きっとわたしが助けて見せる。一同 あなたが王子・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・あれが魔法で、私たちは、誘い込まれたんじゃないんでしょうかね。」「大丈夫、いなかでは遣る事さ。ものなりのいいように、生れ生れ茄子のまじないだよ。」「でも、畑のまた下道には、古い穀倉があるし、狐か、狸か。」「そんな事は決してない。・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・が、鳥旦那は――鷺が若い女になる――そんな魔法は、俺が使ったぞ、というように知らん顔して、遠めがねを、それも白布で巻いたので、熟とどこかの樹を枝を凝視めていて、ものも言わない。 猟夫は最期と覚悟をした。…… そこで、急いで我が屋へ帰・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・むかし、魔法を使うように、よく祈りのきいた、美しい巫女がそこに居て、それが使った狢だとも言うんですがね。」 あなたは知らないのか、と声さえ憚ってお町が言った。――この乾物屋と直角に向合って、蓮根の問屋がある。土間を広々と取り、奥を深く、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 迂濶知らないなぞと言おうものなら、使い方を見せようと、この可恐しい魔法の道具を振廻されては大変と、小宮山は逸早く、「ええ、もう存じておりますとも。」 と一際念入りに答えたのでありまする。言葉尻も終らぬ中、縄も釘もはらはらと振り・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ お米の指が、行ったり来たり、ちらちらと細く動くと、その動くのが、魔法を使ったように、向う遥かな城の森の下くぐりに、小さな男が、とぼんと出て、羽織も着ない、しょぼけた形を顕わすとともに、手を拱き、首を垂れて、とぼとぼと歩行くのが朧に見え・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・あるいは、われわれが法善寺の魔法のマントに吸いこまれたその瞬間の、錯覚であるかも知れない。夜ならば、千日前界隈の明るさからいきなり変ったそこの暗さのせいかも知れない。ともあれ、ややこしい錯覚である。 境内の奥へ進むと、一層ややこしい。こ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・(魔法使いの婆さんがあって、婆さんは方々からいろ/\な種類の悪魔を生捕って来ては、魔法で以て悪魔の通力を奪って了う。そして自分の家来にする。そして滅茶苦茶にコキ使う。厭なことばかしさせる。終いにはさすがの悪魔も堪え難くなって、婆さんの処・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫