・・・打ち出の小槌かアラディンのランプの魔法の力で思いもよらぬ所にひょいひょいと大きなビルディングが突然現われる。建物は実は長い間にきわめて緩徐に造り上げらるるのであるが、その薄ぎたない見すぼらしい目隠しがある日に突然取り去られるからである。長い・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・……王はトーレ・フンドに切りつけたが、魔法の上着は切れなかった。そしてトーレの着たとなかいの皮からぱっと塵が飛び散った。王は将軍のビオルン(熊に「鋼鉄のかみつけないこの犬はお前が仕止めてくれ」と言った。ビオルンは斧をふるってその背を鎚にして・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・黒鉄の黒きを磨いて本来の白きに帰すマーリンの術になるとか。魔法に名を得し彼のいう。――鏡の表に霧こめて、秋の日の上れども晴れぬ心地なるは不吉の兆なり。曇る鑑の霧を含みて、芙蓉に滴たる音を聴くとき、対える人の身の上に危うき事あり。けきぜんと故・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・そしてこの魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。いつも町の南はずれにあるポストが、反対の入口である北に見えた。いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。そしてただこの変化が・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・パックが二人のアテナ人の瞼にしぼりかけた魔法の草汁のききめは、二人の男たちの分別や嗜好さえも狂わせて、哀れなハーミヤとヘレナとは、そのためどんなに愚弄され、苦しみ、泣き、罵らなければならなかっただろう。大戯曲家シェクスピアは、大胆な喜劇的効・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・しかし大臣となって、いかな魔法のためか、その椅子はぐらつきつつ顛覆しないときまってみると、なかなか人間をはなれた発言をする。物価庁が、原稿料を基準に、という意見を発表するとき、湛山の役所風なヴァリエーションを感ずる。表通りは固めて、裏はふつ・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・私共がわずかのお金で魔法みたいにして生きている。私達の生き方というのは本当に魔法です。これっぽちのお金しかないのに物価は高い。みな不思議なからくりで非常に猛烈な火の車でどうやらやっているのです。そんなような状態ですから、ましてお金をもってい・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・最後の一人をのせ、最後の一台が出発し切ると、魔法で、花崗岩の敷石も、長い長い鉄の軌道もぐーいと持ち上ってぺらぺらと巻き納められてでもしまいそうだ。子供の時分外でどんなに夢中で遊んでいても、薄闇が這い出す頃になると、泣きたい程家が、家の暖かさ・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ ありとあらゆるものが、魔法のような美くしいうちに、乙女の声は体の顫える力と魅力をもって澄み上って行ったのです。 ユーラスは、半分夢中のようになりました。そして、いきなりその踊りの真中を目がけて踏み出そうとすると、今までは、なごやか・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 魔法のお婆さんはより歓迎され、一寸目ばたきする間に大きな御殿を作れるお姫様が待ち迎えられる様になったのである。 私は彼に種々の御話をきかせた。 どの様なものも皆彼を喜ばせたらしかったけれ共、何か一つでも悪い事をした者は必ず何処・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫