・・・ すぽりと離れて、海へ落ちた、ぐるぐると廻っただがな、大のしに颯とのして、一浪で遠くまで持って行った、どこかで魚の目が光るようによ。 おらが肩も軽くなって、船はすらすらと辷り出した。胴の間じゃ寂りして、幽かに鼾も聞えるだ。夜は恐ろし・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・たまたま変例と見るべきものもなお行春や鳥啼き魚の目は涙 芭蕉松風の落葉か水の音涼し 同松杉をほめてや風の薫る音 同のごときものにして多くは「や」「か」等の切字を含み、しからざるも七音の句必ず四三または三四と切れ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・民主的文学運動は、靴の中に一つの痛い魚の目をもって歩いている。文学における政治の優位性という概念規定の非科学的な、したがって非現実的な解釈のしこりの疼きである。民主的な文学の困難さは、微妙な形で中野重治の「五勺の酒」にあらわれている。異った・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・ 三つもこんな魚の目みたいなものが拇指にばっかり出来るなんて……」「拇指に出来ると、親に死に別れるって云うのよ……当ってるのかしら」 おのずと低い真面目なような声になって友達が其れを云ったのは、私が数年前に母を失い、それから足かけ三・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
出典:青空文庫