・・・ すぐここには見えない、木の鳥居は、海から吹抜けの風を厭ってか、窪地でたちまち氾濫れるらしい水場のせいか、一条やや広い畝を隔てた、町の裏通りを――横に通った、正面と、撞木に打着った真中に立っている。 御柱を低く覗いて、映画か、芝居の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・坂を下りて、一度ぐっと低くなる窪地で、途中街燈の光が途絶えて、鯨が寝たような黒い道があった。鳥居坂の崖下から、日ヶ窪の辺らしい。一所、板塀の曲角に、白い蝙蝠が拡ったように、比羅が一枚貼ってあった。一樹が立留まって、繁った樫の陰に、表町の淡い・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・で、お宗旨違の神社の境内、額の古びた木の鳥居の傍に、裕福な仕舞家の土蔵の羽目板を背後にして、秋の祭礼に、日南に店を出している。 売るのであろう、商人と一所に、のほんと構えて、晴れた空の、薄い雲を見ているのだから。 飴は、今でも埋火に・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・入口の石の鳥居の左に、とりわけ暗く聳えた杉の下に、形はつい通りでありますが、雪難之碑と刻んだ、一基の石碑が見えました。 雪の難――荷担夫、郵便配達の人たち、その昔は数多の旅客も――これからさしかかって越えようとする峠路で、しばしば命を殞・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・八幡の鳥居の傍まで来て別れようとした時、何と思った乎、「イヤ、昨宵は馬鹿ッ話をした、女の写真屋の話は最う取消しだ、」とニヤリと笑いつつ、「飛んでもないお饒舌をしてしまった!」 * その晩の話を綜合して想像すると、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 井侯が陛下の行幸を鳥居坂の私邸に仰いで団十郎一座の劇を御覧に供したのは劇を賤視する従来の陋見を破って千万言の論文よりも芸術の位置を高める数倍の効果があった。井侯の薨去当時、井侯の逸聞が伝えられるに方って、文壇の或る新人は井侯が団十郎を・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・「私ゃまた、鳥居のところでお光さんお光さんて呼ぶから、誰かと思ってヒョイと振り返って見ると、金さんだもの、本当にびっくらしたわ。一体まあ東京を経ってから今日までどうしておいでだったの?」「さあ、いろいろ談せば長いけれど……あれからす・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 家を出て、表門の鳥居をくぐると、もう高津表門筋の坂道、その坂道を登りつめた南側に「かにどん」というぜんざい屋があったことはもう知っている人はほとんどいないでしょう。二つ井戸の「かにどん」は知っている人はいても、この「かにどん」は誰も知・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ と、一人が言えば、「おのれは、鳥居峠の天狗にさらわれて、天狗の朝めしの菜になりよるわい」 と、直ぐに言い返して、あとは入りみだれて、「おのれは、正月の餠がのどにつまって、三カ日に葬礼を出しよるわい」「おのれは、一つ目小・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・二 上本町七丁目の停留所から、西へ折れる坂道を登り詰めると、生国魂の表門の鳥居がある。 その鳥居をくぐって、神社まで三町の道の両側は、軒並みに露店が並んでいた。 別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷や・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫