・・・と同時に妙子の耳には、丁度銅鑼でも鳴らすような、得体の知れない音楽の声が、かすかに伝わり始めました。これはいつでもアグニの神が、空から降りて来る時に、きっと聞える声なのです。 もうこうなってはいくら我慢しても、睡らずにいることは出来ませ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・丁度その日は空もほがらかに晴れ渡って、門の風鐸を鳴らすほどの風さえ吹く気色はございませんでしたが、それでも今日と云う今日を待ち兼ねていた見物は、奈良の町は申すに及ばず、河内、和泉、摂津、播磨、山城、近江、丹波の国々からも押し寄せて参ったので・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ とさも人の非を鳴らすのだという調子で叫びだした。それに続いて、「わーるいな、わるいな。誰かさんはわーるいな。おいらのせいじゃなーいよ」 という意地悪げな声がそこにいるすべての子供たちから一度に張り上げられた。しかもその糺問の声・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ そこへ……小路の奥の、森の覆った中から、葉をざわざわと鳴らすばかり、脊の高い、色の真白な、大柄な婦が、横町の湯の帰途と見える、……化粧道具と、手拭を絞ったのを手にして、陽気はこれだし、のぼせもした、……微酔もそのままで、ふらふらと花を・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・と、ぽんと鼻を鳴らすような咳払をする。此奴が取澄ましていかにも高慢で、且つ翁寂びる。争われぬのは、お祖父さんの御典医から、父典養に相伝して、脈を取って、ト小指を刎ねた時の容体と少しも変らぬ。 杢若が、さとと云うのは、山、村里のその里の意・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 投げ棄つるがごとくかく謂いつつ、伯爵夫人は寝返りして、横に背かんとしたりしが、病める身のままならで、歯を鳴らす音聞こえたり。 ために顔の色の動かざる者は、ただあの医学士一人あるのみ。渠は先刻にいかにしけん、ひとたびその平生を失せし・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・この人の顔さえ定かならぬ薄暗い室に端座してベロンベロンと秘蔵の琵琶を掻鳴らす時の椿岳会心の微笑を想像せよ。恐らく今日の切迫した時代では到底思い泛べる事の出来ない畸人伝中の最も興味ある一節であろう。 椿岳の女道楽もまた畸行の一つに数うべき・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ なんでも、いろいろと先生に聞いてみると、その国は、もっとも開けて、このほかにもいい音のする楽器がたくさんあって、その国にはまた、よくその楽器を鳴らす、美しい人がいるということである。で、露子は、そんな国へいってみたいものだ。どんなに開・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・そして、沖の暮れ方の景色に見とれていましたが、そのうちに、バイオリンを鳴らすのでした。 おじいさんの弾くバイオリンの音は、泣くように悲しい音をたてるかと思うと、また笑うようにいきいきとした気持ちにさせるのでした。その音色は、さびしい城跡・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・ すると、よい金の輪のふれあう音がして、ちょうどすずを鳴らすようにきこえてきました。 かなたを見ますと、往来の上をひとりの少年が、輪をまわしながら、走ってきました。そして、その輪は金色に光っていました。太郎は目を見はりました。かつて・・・ 小川未明 「金の輪」
出典:青空文庫