・・・白木の宮に禰宜の鳴らす柏手が、森閑と立つ杉の梢に響いた時、見上げる空から、ぽつりと何やら額に落ちた。饂飩を煮る湯気が障子の破れから、吹いて、白く右へ靡いた頃から、午過ぎは雨かなとも思われた。 雑木林を小半里ほど来たら、怪しい空がとうとう・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・これを思えば、今の民権論者が不平を鳴らすその間に、識らず知らずしてその分界を踏出し、あるいは他より来りてその界を犯し、不平の一点において、かの守旧家と一時の抱合をなすのおそれなしというべからず。理をもって論ずれば、万々心配なきが如くなれども・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・死者若し霊あらば必ず地下に大不平を鳴らすことならん。伝え聞く、箱館の五稜郭開城のとき、総督榎本氏より部下に内意を伝えて共に降参せんことを勧告せしに、一部分の人はこれを聞て大に怒り、元来今回の挙は戦勝を期したるにあらず、ただ武門の習として一死・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・と札の立つ秋風や酒肆に詩うたふ漁者樵者鹿ながら山影門に入日かな鴫遠く鍬すゝぐ水のうねりかな柳散り清水涸れ石ところ/″\水かれ/″\蓼かあらぬか蕎麦か否か我をいとふ隣家寒夜に鍋を鳴らす 一句五字または七字のうち・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・なぜ足をだぶだぶ鳴らすんだい。」と言いながらまた笑いました。「うわあい。」と一郎は言いましたが、なんだかきまりが悪くなったように、「石取りさないが。」と言いながら白い丸い石をひろいました。「するする。」こどもらがみんな叫びました・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ さっきからの音がいよいよ近くなり、すぐ向うの丘のかげでは、さっきのらしい馬のひんひん啼くのも鼻をぶるるっと鳴らすのも聞えたんだ。 四角な家の生物が、脚を百ぺん上げたり下げたりしたら、ペムペルとネリとはびっくりして眼を擦った。向うは・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・一太の家の方と違い、この辺は静かで一太が鳴らす落葉の音が木の幹の間をどこまでも聞えて行った。一太は少し気味悪い。一太は竹の三股を担いで栗の木の下へ行った。なるほど栗がなっている。一太は一番低そうな枝を目がけ力一杯ガタガタ三股でかき廻した。弾・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ ここには世界の全人民解放の日まで生産に文化に夜となく昼となくうち鳴らす階級の鍛冶屋、われら闘う人民の若々しい槌の音が、町から村へ、国から国へと鳴り響いていようというものだ! 附記「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」は昨年の一・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・主人の飼っている Jean という大犬が吠えそうにして廃して、鼻をくんくんと鳴らす。竹が障子を開けて何か言う声がする。 間もなく香染の衣を着た坊さんが、鬚の二分程延びた顔をして這入って来た。皆の顔を見て会釈して、「遅くなりまして甚だ」と・・・ 森鴎外 「独身」
・・・女房は銚子を忙しげに受け取って、女中に「用があればベルを鳴らすよ、ちりんちりんを鳴らすよ、あっちへ行ってお出」と云って、障子を締めた。 新聞記者は詞を続いだ。「それは好いが、先生自分で鞭を持って、ひゅあひゅあしょあしょあとかなんとか云っ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫