・・・と丸い男は椀をうつ事をやめて、いつの間にやら葉巻を鷹揚にふかしている。 五月雨に四尺伸びたる女竹の、手水鉢の上に蔽い重なりて、余れる一二本は高く軒に逼れば、風誘うたびに戸袋をすって椽の上にもはらはらと所択ばず緑りを滴らす。「あすこに画が・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・元来が鷹揚なたちで、素直に男らしく打ちくつろいでいるようにみえるのが、持って生まれたこの人の得であった。それで自分も妻もはなはだ重吉を好いていた。重吉のほうでも自分らを叔父さん叔母さんと呼んでいた。二 重吉は学校を出たばかり・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・あるときはこの自覚のために驕慢の念を起して、当面の務を怠ったり未来の計を忘れて、落ち付いている割に意気地がなくなる恐れはあるが、成上りものの一生懸命に奮闘する時のように、齷齪とこせつく必要なく鷹揚自若と衆人環視の裡に立って世に処する事の出来・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・分化作用の発展した今日になると人間観がそう鷹揚ではいけない。彼らの精神作用について微妙な細い割り方をして、しかもその割った部分を明細に描写する手際がなければ時勢に釣り合わない。これだけの眼識のないものが人間を写そうと企てるのは、あたかも色盲・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 狐は鷹揚に笑いました。「まあそうです。」「お星さまにはどうしてああ赤いのや黄のや緑のやあるんでしょうね。」 狐は又鷹揚に笑って腕を高く組みました。詩集はぷらぷらしましたがなかなかそれで落ちませんでした。「星に橙や青やい・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・ 校長は鷹揚にめがねを外しました。そしてその武田金一郎という狐の生徒をじっとしばらくの間見てから云いました。「お前があの草わなを運動場にかけるようにみんなに云いつけたんだね。」 武田金一郎はしゃんとして返事しました。「そうで・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・と、まことに鷹揚な首領の返事や「それは落選候補の公約であった」という名回答もありました。 日比谷の放送討論会などの席上では、大変賑やかに食糧事情対策が論ぜられます。野草のたべかたについての講義――云いかえれば、私たち日本の人間が、ど・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・おめにかかれば、先生はああいう方であるからそつのない、鷹揚な、包括力ある言葉をかけて下さったであろうと思う。 坪内先生は非常に聰明な資質の先達者であった。正宗白鳥氏が先日、逍遙博士は文学の師であるばかりでなく生死に処する道を教えた方であ・・・ 宮本百合子 「坪内先生について」
・・・或、真似がたい鷹揚さと云えないこともない。京都や奈良が、決して自分の年功を忘れない老人のようなのと、興味ある対照と思う。 午後になっても、Y切なく、外出覚つかない。番頭、頼山陽の書など見せてくれる。折々、港の景色をぼやかして、霧雨がする・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 天狗は鷹揚に「なんだ、早く云え」と云った。「話では、天狗は変通自在のものだと云います。私もどうせ喰われるからには、どうか一目あなたがほんとの大天狗かどうかを、見て死にたいと思います」 天狗はカラカラと笑って「雑作もないことだ。・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
出典:青空文庫