流沙の南の、楊で囲まれた小さな泉で、私は、いった麦粉を水にといて、昼の食事をしておりました。 そのとき、一人の巡礼のおじいさんが、やっぱり食事のために、そこへやって来ました。私たちはだまって軽く礼をしました。 けれ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 彼女がもう二度と来ないということは、村人を寛大な心持にさせた。「せきが出るな――せきの時は食べにくいもんだが、これなら他のものと違ってもつから、ほまちに食いなされ」 麦粉菓子を呉れる者があった。「寒さに向って、体気をつけな・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 翌日、勇吉は、麦粉をもって勘助のところへ行った。「はあ、何ともはあ……どうぞお前から皆によろしくいってくんさんしょ、いずれ何とかする気では居んが」「そりゃ構うめえが……何だね……おれあたまげたぞ全く、どうなるかと思ったて。何だ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ お節は、礼心に送るのだと云って、乏しい中から、香りの高い麦粉を包んだり、部屋の隅の自分の着物の下に置いてある、近所の仕立物を片したりして、急にいそがしくなった様に体を動かして居た。 翌日馬場の家へ行って、いろいろの事を聞いて来た栄・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・機関車はそれをたき黒煙をあげてはしり出し彼女等は貨車の真中に煙突を立てているさびた鉄ストーヴで麦粉の挽きかすをドロドロな粥に煮て食った。しかもそれを日に二度だけ皆が食い、食糧委員長をしていたナターリア自身は一度しか食べない時があった。 ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ そげえなとこさえぐでねえぞ。 血もんもが出来てああいていてになんぞ、な。 こっちゃて、ほうら見、とっとがまんま食ってんぞ、おうめえうめえてな……」 麦粉菓子の薄いような香いが、乾いて行くの根から静かにあたりに漂っていた。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・パン焼が麦粉、卵、バタ、出来上ったパンなどを盗まないように注意するのが今やゴーリキイの仕事となった。 パン焼職人は、勿論、盗んだ。仕事の最初の夜に卵を十箇、三斤ばかりの麦粉とかなり大きいバタの塊とを別にして置いた。「これは――何にす・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ お霜は麦粉に茶を混ぜて安次に出した。「飯はちょっともないのやわ、こんなもんでも好けりゃ食べやいせ。」「そうかな、大きに大きに。」「塩が足らんだら云いや。」「結構結構。」 安次は茶碗からすが眼を出して口を動かした。・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫