・・・……その勢だから……向った本堂の横式台、あの高い処に、晩出の参詣を待って、お納所が、盆礼、お返しのしるしと、紅白の麻糸を三宝に積んで、小机を控えた前へ。どうです、私が引込むもんだから、お京さん、引取った切籠燈をツイと出すと、――この・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ その後桂はついに西国立志編を一冊買い求めたが、その本というは粗末至極な洋綴で、一度読みおわらないうちにすでにバラバラになりそうな代物ゆえ、彼はこれを丈夫な麻糸で綴じなおした。 この時が僕も桂も数え年の十四歳。桂は一度西国立志編の美・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ただ一つのおもしろかったのは、麻糸か何かの束を黄蝋で固めた松明を買わされて持って行ったが、噴気口のそばへ来ると、案内者はそれに点火して穴の上で振り回した。そして「蒸気の噴出が増したから見ろ」と言うのだが、私にはいっこうなんの変わりもないよう・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・のみならず麻糸の場合よりはすべての事柄が更に複雑である事は云うまでもない。 由来物理学者はデターミニストであった。従ってすべての現象を決定的に予報しようと努力して来た。しかし多分子的現象に遭遇して止むを得ず統計的の理論を導入した。統計的・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・やっとその一匹を箒でおさえつけたのを私が火箸で少し引きずり出しておいて、首のあたりをぎゅうっと麻糸で縛った。縛り方が強かったのですぐに死んでしまった。その最期の苦悶を表わす週期的の痙攣を見ていた時に、ふと近くに読んだある死刑囚の最後のさまが・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 西洋人の曲馬師らしいのが居てそれが先ずセロを弾く、それから妙な懸稲のようにかけ渡した麻糸を操るとそれがライオンのように見えて来る。そのうちにライオンとも虎ともつかぬ動物がやって来て自分に近寄り、そうして自分の顔のすぐ前に鼻面を接近させ・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
出典:青空文庫