・・・『野を散歩す日暖かにして小春の季節なり。櫨紅葉は半ば散りて半ば枝に残りたる、風吹くごとに閃めき飛ぶ。海近き河口に至る。潮退きて洲あらわれ鳥の群、飛び回る。水門を下ろす童子あり。灘村に舟を渡さんと舷に腰かけて潮の来るを待つらん若者あり。背・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・水ぎわにちらほらと三葉四葉ついた櫨の実生えが、真赤な色に染っている。自分が近づけば、水の面が小砂を投げたように痺れを打つ。「おや、みんな沈みました」と藤さんがいう。自分は、水を隔てて斜に向き合って芝生に踞む。手を延ばすなら、藤さんの膝に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・鉄骨ペンキ塗りの展望塔がすっかり板に付いて見える。黄櫨や山葡萄が紅葉しており、池には白い睡蓮が咲いている。駒ヶ岳は先年の噴火の時に浴びた灰と軽石で新しく化粧されて、触ったらまだ熱そうに見える。首のない大きなライオンが北向きに坐っているような・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・美術学校の左側の塀を越して、紅葉した黄櫨の枝がさし出ている。初冬の午後の日光に、これがほんとに蜀紅という紅なのだと思わせて燃えている黄櫨の、その枝かげを通りすがりに、下から見上げたら、これはまた遠目にはどこにも分らなかった柔かい緑のいろが紅・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・それから櫨のような真紅な色になる葉との間に、実にさまざまな段階、さまざまな種類がある。それが大きい樹にも見られれば、下草の小さい木にも見られる。 私が初めて東山の若王子神社の裏に住み込んだのは、九月の上旬であったが、一月あまりたってよう・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫