・・・と同時に悪魔もまた宗徒の精進を妨げるため、あるいは見慣れぬ黒人となり、あるいは舶来の草花となり、あるいは網代の乗物となり、しばしば同じ村々に出没した。夜昼さえ分たぬ土の牢に、みげる弥兵衛を苦しめた鼠も、実は悪魔の変化だったそうである。弥兵衛・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・彼等が随喜渇仰した仏は、円光のある黒人ではありません。優しい威厳に充ち満ちた上宮太子などの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が申上げたいのは、泥烏須のようにこの国に来ても、勝つものはない・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ どれが雌だか、雄だか、黒人にも分らんで、ただこの前歯を、」 と云って推重なった中から、ぐいと、犬の顔のような真黒なのを擡げると、陰干の臭が芬として、内へ反った、しゃくんだような、霜柱のごとき長い歯を、あぐりと剥く。「この前歯の・・・ 泉鏡花 「露肆」
平和を目的にして、武器が製造せられ、軍備がなされるならば、其の事が既に、目的に対する矛盾であることは、華府会議の第一日にヒューズが言った通りであります。 私達は、黒人に対する米人の態度を見、また印度の殖民地に於ける英人の政策を熟視・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・別して鹿狩りについてはつの字崎の地理に詳しく犬を使うことが上手ゆえ、われら一同の叔父たちといえども、素人の仲間での黒人ながら、この連中に比べては先生と徒弟の相違がある、されば鹿狩りの上の手順などすべて猟師の言うところに従わなければならなかっ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・廷珸と同じ徽州のもので、親類つづきだなどいっていたが、この男はしんしんの間にも遊び、少しは鼎彝書画の類をも蓄え、また少しは眼もあって、本業というのではないが、半黒人で売ったり買ったりもしようという男だ。こういう男は随分世間にもあるもので、雅・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・王様が黒人の力士を養って、退屈な時のなぐさみものにしているような図と甚だ似ていた。「チルチルは、ピタゴラスの定理って奴を知ってるかい。」「知りません。」勝治は、少ししょげる。「君は、知っているんだ。言葉で言えないだけなんだ。」・・・ 太宰治 「花火」
・・・白人にとっては黒人はおそらくゼブラや疣猪とたいしてちがったものには思われてないのではないかという気がしてならない。黄色人はどの程度に思われているのかが次の問題になる。西洋のある国が世界を征服する日を夢みているような日本人があったら、そういう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・今の米国人の中にでも黒人は人間と思っていない仲間があることはリンチの事実が証明する。 北氷洋の白熊は結局、カメラも鉄砲も繩も鎖もウインチも長靴も持っていなかったために殺され生け捕られたに過ぎないように思われる。 二 製陶・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・しかし黒人になればたぶんただ一面のちゃぶ台、一握りの卓布の面の上にでもやはりこれだけの色彩の錯綜が認められるのであろう。それほどになるのも考えものであるとも思うが、しかしたとえ楽しみ事にしろやっぱりそこまで行かなければつまらないとも思う。・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
出典:青空文庫