・・・が、空はまるで黒幕でも垂らしたように、椎の樹松浦の屋敷の上へ陰々と蔽いかかったまま、月の出らしい雲のけはいは未に少しも見えませんでした。私は巻煙草に火をつけた後で、『それから?』と相手を促しました。三浦『所が僕はそれから間もなく、妻の従弟の・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 三幕目の舞台は黒幕の前に、柳の木が二三本立ててあった。それはどこから伐って来たか、生々しい実際の葉柳だった。そこに警部らしい髯だらけの男が、年の若い巡査をいじめていた。穂積中佐は番附の上へ、不審そうに眼を落した。すると番附には「ピスト・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・土橋寄りだ、と思うが、あの華やかな銀座の裏を返して、黒幕を落したように、バッタリ寂しい。……大きな建物ばかり、四方に聳立した中にこの仄白いのが、四角に暗夜を抽いた、どの窓にも光は見えず、靄の曇りで陰々としている。――場所に間違いはなかろう―・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・そこでは少なくも作者は黒幕の後ろに隠れて、舞台の上では事実をして事実を語らしめ、物をして物を描かしめているように見える。しかし実際にはそこに作者の主観が幕の後ろで活躍している事は云うまでもない事である。これらの場合における能知者と所知者の関・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・ この難儀の問題の黒幕の背後に控えているものは、われわれのこの自然に起こる自然現象を支配する未知の統計的自然方則であって、それは――もしはなはだしい空想を許さるるならば――熱力学第二方則の統計的解釈に比較さるべき種類のものではあり得ない・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
出典:青空文庫