・・・そして、宛然蹲る大獣のように物凄い黒色が仄明るい空を画ると、漸々その極度の暗黒を破って、生みたての卵黄のように、円らかにも美くしい月が現われるのでございます。真個に、つるりと一嚥にして仕舞い度い程真丸で、つるつると笑みかけた黄金色のお月様!・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 四辺の万物は体の薄黒色から次第次第に各々の色を取りもどして来、山の端があかるみ、人家の間から鶏共が勢よく「時」を作る。 向うの向うの山彦が、かすかに「コケコッコ――ッ」と応える。 目覚め、力づけられて活き出そうとする天地の中に・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・湯の青色と女の体、女の体と髪の黒色、あるいは処々に散らばる赤、窓外の緑と檜の色、などの対照も、きわめて快い調和を見せている。濃淡の具合も申しぶんがない。――しかし難を言えば、どうも湯の色が冷たい。透明を示すため横線を並べた湯の描き方も、滑ら・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫