・・・そのとき私は奇妙に思って、一つ音を何度も同じつよさで鳴らして聴いてみたが、鼓膜が耳の中で厚ぼったくなったような感じで、どうしても本当の音がきこえなかった。次の日になって疲れが癒ったらピアノの音は平常の音量と音色とをもって聞くことができた。そ・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・一方からは、その単調さと異様な鼓膜の震動とで神経も空想も麻痺するモウタアの響がプウ……と、飽きもせず、世間の不景気に拘りもせず一日鳴った。片方の隣では、ドッタンガチャ、ドッタン、バタパタという何か機械の音に混って、職工が、何とか何とかしてス・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 私は、極めて明瞭に男の声を鼓膜から頭脳へききとった。「アイ、ラヴ、ユー」 ――困ったことに、私の腹の底から云いようない微笑が後から後から口元めがけてこみあげて来た。「何? どうしたの」「何でもないの」 云うあとから、更・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
出典:青空文庫