・・・る一行の詩の作者、たそがれ、うなだれつつ街をよぎれば、家々の門口より、ほの白き乙女の影、走り寄りて桃金嬢の冠を捧ぐとか、真なるもの、美なるもの、兀鷹の怒、鳩の愛、四季を通じて五月の風、夕立ち、はれては青葉したたり、いずかたよりぞレモンの香、・・・ 太宰治 「喝采」
・・・雨を防ぐ荒筵は遠い堤下へ飛んで竹の柱は傾き倒れ、軒を飾った短冊は雨に叩けて松の青葉と一緒に散らばっている。ビール罎の花も芋の切れ端も散乱して熊さんの蒲団は濡れしおたれている。熊さんはと見廻したが何処へ行ったか姿も見えぬ。 惻然として浜辺・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・二十余年前にワシントン府の青葉の町を遊覧自動車で乗り回したことがあった。とある赤煉瓦の恐ろしく殺風景な建物の前に来たとき、案内者が「世界第一の煉瓦建築であります」と説明した。いかなる点が第一だかわからなかったが、とにかくアメリカは「俳諧のな・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・腰のへんまで稲の青葉にかくれながらとおざかってゆく。そして幾まがりする野良道を、もうお互いの顔の表情もさだかでなくなるくらいのところで、女はこっちをふりかえって首をかしげてみせる。それまで土堤道につったっている三吉もあわてて首をさげながら、・・・ 徳永直 「白い道」
・・・芭蕉のこれを詠ずるもの一、二句にして 招提寺若葉して御目の雫ぬぐはゞや 芭蕉 日光あらたふと青葉若葉の日の光 同のごとき、皆季の景物として応用したるに過ぎず。蕪村には直ちに若葉を詠じたるもの十余句あり。皆・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・栗の木の青いいがを落したり、青葉までがりがりむしってやったね。その時峠の頂上を、雨の支度もしないで二人の兄弟が通るんだ、兄さんの方は丁度おまえくらいだったろうかね。」 又三郎は一郎を尖った指で指しながら又言葉を続けました。「弟の・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ジェニファーをやるユンツェルもイレーネやババもその他みなそれぞれ活きていて、ババをやっているゲラルディーネは、真白に洗濯されたエプロンが青葉風にひるがえっているような心持で面白かった。十二年前、二人の娘とカルタで負けた借金をのこして良人が死・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・その時刻、人どおりはちっともなかった。青葉の陰翳が肩に落ちて来るようなしっとりしたその道を何心なく行くと、ひょっと白い大きいものの姿が見えておどろいた。極めて貴族的な純白のコリーが、独特にすらりと長い顔、その胴つき、しなやかな前脚の線をいっ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・そんな風に、日光の差し込んでいる処の空気は、黄いろに染まり掛かった青葉のような色をして、その中には細かい塵が躍っている。 室内の温度の余り高いのを喜ばない秀麿は、煖炉のコックを三分一程閉じて、葉巻を銜えて、運動椅子に身を投げ掛けた。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 青葉に射し込もっている光を見ながら、安らかに笑っている栖方の前で、梶は、もうこの青年に重要なことは何に一つ訊けないのだと思った。有象無象の大群衆を生かすか殺すか彼一人の頭にかかっている。これは眼前の事実であろうか、夢であろうか。とにか・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫