・・・村の医者だけでは不安で物足りなくって、町からも医学士を迎えた。医学士はオートバイで毎日やってきた。その往診料は一回五円だった。 やっと危機は持ちこたえて通り越した。しかし、清三は久しく粥と卵ばかりを食っていなければならなかった。家の鶏が・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・化学、天文学、医学、数学なども、その歴史の初頭においては魔法と関係を有しているといって宜しかろう。 従って魔法を分類したならば、哲学くさい幽玄高遠なものから、手づまのような卑小浅陋なものまで、何程の種類と段階とがあるか知れない。 で・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・「だから、それが気にくわないというのです。医学の為とか、あるいは学校の教育資料とか何とか、そんな事なら話はわかるが、道楽隠居が緋鯉にも飽きた、ドイツ鯉もつまらぬ、山椒魚はどうだろう、朝夕相親しみたい、まあ一つ飲め、そんなふざけたお話に、・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・「いや、何もお前、医学的な話じゃないか。上品も下品も無い」「私はね」 と母は少しまじめな顔になり、「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」 涙の谷。 父は黙して、食事をつづけた。 私は家庭に在っては、・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・私は貧しい医学生だ。私の研究を助けてもらうために、ひとりのパトロンを見つけたというのは、これはどうしていけないことなのか。私には父も無い、母も無い。けれども、血筋は貴族の血だ。いまに叔母が死ねば遺産も貰える。私には私の誇があるのだ。私はあの・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・とか、それからこれはまだ一部しか見ていないが入沢医学博士の近刊随筆集など、いずれも科学者でなければ書けなくて、そうして世人を啓発しその生活の上に何かしら新しい光明を投げるようなものを多分に含んでいる。それから、自分の知っている狭い範囲内でも・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・御馳走を喰えば栄養になり、喰い過ぎれば腹下りを起こすくらいのことは知っていたが、この、医学者でも物理学者でも何でもない助手M君の感冒起因説は当時の自分の医学上の知識を超越していたのである。 しかし、その当時気のついていたことは、何かしら・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・そういう、西洋のえらい医学の大家の夢にも知らない療養法を須崎港の宿屋で長い間続けた。その手術を引き受けていたのは幡多生まれで幡多なまりの鮮明なお竹という女中であった。三十年前の善良にして忠実なるお竹の顔をありあり思い出すのであるが、その後の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・呼込みの男が医学と衛生に関する講演をやって好加減入場者が集まる頃合を見計い表の幕を下す。入場料はたしか五拾円であった。これも、わたくしは入って見てもいいと思いながら講演が長たらしいのに閉口して、這入らずにしまった。エロス祭と女の首の見世物と・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・例えば明石なら明石に医学博士が開業する、片方に医学士があるとする。そうすると医学博士の方へ行くでしょう。いくら手を叩いたって仕方がない、ごまかされるのです。内情を御話すれば博士の研究の多くは針の先きで井戸を掘るような仕事をするのです。深いこ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫