・・・の前で立ち停っている浜子の動きだすのを待っていると、浜子はやがてまた歩きだしたので、いそいそとその傍について堺筋の電車道を越えたとたん、もう道頓堀の明るさはあっという間に私の躯をさらって、私はぼうっとなってしまった。 弁天座、朝日座、角・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
一 子供のときから何かといえば跣足になりたがった。冬でも足袋をはかず、夏はむろん、洗濯などするときは決っていそいそと下駄をぬいだ。共同水道場の漆喰の上を跣足のままペタペタと踏んで、ああええ気持やわ。それが年ごろになっても止まぬの・・・ 織田作之助 「雨」
・・・などという注文に応じてはみたものの、いそいそと筆を取る気になれないのである。 ――と、こんな風にまえがきしなければ、近頃は文章が書けなくなってしまった。読者も憂鬱だろうが、私も憂鬱である。書かれる大阪も憂鬱であろう。 私の友人に、寝・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ 五年前、つまり私が二十三歳の時、私はかなり肩入れをしていたKという少女と二人でいそいそと「月ヶ瀬」へ行った。はいるなりKという少女はあん蜜を注文したが、私はおもむろに献立表を観察して、ぶぶ漬という字が眼にはいると、いきなり空腹を感じて・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・』お絹にも話あり、いそいそと中庭から上がれば叔父の顔色ただならず、お絹もあらたまって『叔父さんただいま、自宅からもよろしくと申しました。』『用事は何であったね、縁談じゃアなかったか。』『そうでございました、難波へ嫁にゆけとい・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・田甫道に出るや、彼はこの数日の重荷が急に軽くなったかのように、いそいそと路を歩いたが、我家に着くまで殆ど路をどう来たのか解らなんだ。 三 その翌々日の事であった、東京なる高山法学士から一通の書状が村長の許に届い・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・若崎の細君はいそいそとして帰った。 ○ 顔も大きいが身体も大きくゆったりとしている上に、職人上りとは誰にも見せぬふさふさとした頤鬚上髭頬髯を無遠慮に生やしているので、なかなか立派に見える中村が、客座にどっしりと構えて・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・炉に焚く火はあかあかと燃えて、台所の障子にも柱にも映っている。いそいそと立ち働くお新が居る。下女が居る。養子も改まった顔付で奥座敷と台所の間を往ったり来たりしている。時々覗きに来る三吉も居る。そこへおげんの三番目の弟に連れられて、しょんぼり・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
手招きを受けたる童子 いそいそと壇にのぼりつ「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を・・・ 太宰治 「喝采」
・・・きょうは、あんな、意地悪くポチの姿を見つめるようなことはしないので、ポチも自身の醜さを忘れて、いそいそ私についてきた。霧が深い。まちはひっそり眠っている。私は、練兵場へいそいだ。途中、おそろしく大きい赤毛の犬が、ポチに向って猛烈に吠えたてた・・・ 太宰治 「畜犬談」
出典:青空文庫